「あーもうまた振られたー!!」 ガラスがテーブルに叩きつけられる盛大な音に情けないながらも少しだけ肩を揺らした。ちらりと目をやればほんのりと赤く染まった頬に潤んだ瞳。思わずため息を一つこぼした。 「なによ」 「別になんでもないって」 「どうせ男を見る目がないなコイツなんて思ってるんでしょ!?」 「そんなことないって」 ウソ、ちょっと思った。 毎度毎度告付き合っては振られるたびに話を延々と聞かされる僕の身にもなって欲しい。いい加減飽き飽きしたし、そもそも付き合う前の時点で相手がどういう人間かなんて知っておくべきなんじゃないだろうか。恋は盲目とはよく言うけれど、彼女にはその言葉がぴったりだ。 (……最も、僕も人のことを言える立場でもないんだけど) 大変不本意なことに、僕はこの男運も男を見る目もないこの腐れ縁の女にずっと前から惚れ込んでいるのだ。どのくらい惚れているかといえば、付き合っている男の惚気と別れた男の愚痴に毎回きっちりと最後まで付き合ってやるくらいに、である。全く、恋は盲目とは怖いったらありゃしない。 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか(いや知っているはずなんて絶対にないけれど)、なまえは今日も今日とて僕を愚痴に付き合わせる。いい加減危機感を持って欲しい。夜遅くに自分の家で男と二人で酒を飲むことの意味がわからないのか。それとも僕が男として見られていないということか。大変不満だけれど、おそらく後者で正解だろう。全くもって腹が立つ。 「なにさ、向こうから好きって言ってきたくせに『思ってたのと違った』って!!あんたは私にどんなイメージ持ってたんだっつーの!!本当に意味わかんない!!」 「はいはい落ち着いて、水いる?」 「……いる」 意味わかんないのは僕の方だよバーカ。なんで毎度毎度惚れた女の色恋沙汰の愚痴なんて聞かなきゃいけないんだ。こんな相手僕しかいないだろ。僕にしとけよ。そう言えたら楽になれるんだろうか。 透明なグラスの八分目くらいまで水を注ぐ。水面に揺らいだ自分の顔は果たしてどんなものだったか、あまり覚えてはいない。 「はい、これ飲んで落ち着いて」 「……ありがと」 しおらしい姿は可愛げがあるのに、一度口を開けば残念の塊。そりゃあ振られるだろう。だからいい加減僕にしろって。 「……トド松」 「なに」 「……私の、なにがダメなんだろう」 「なにって」 多すぎて上げきれない。大口開いて笑うところとか、座るときに膝が開いてることとか、色々と女子なのにガサツすぎるところとか。でも一つあげるとしたら、僕はこう答えた。 「夜遅くに男と二人っきりで自分の部屋で酒を飲んでるところ」 「……なにそれ」 「そのまんまだけど」 「なんかダメなの?」 本当になにもわかっていないとでも言うようにきょとんとした顔をするなまえにふつふつと怒りが湧き上がってくる。こいつ、本当に僕のこと男としてみてないんじゃなかろうか。 「襲われるとか考えないわけ」 「だって、トド松だし」 ぷっつんと何かが切れる感覚がした。あーもう知らない、僕知らないから。何度も言ったからね。自分の責任だよ。 「…あのさぁ」 なまえの肩を掴んで床に押し付ける。びっくりしたように目を見開くその表情は新鮮に感じられた。 「僕だって、男なんだけど」 立ち上がりかけたそれを彼女のそこに押し付ける。好きな相手の部屋に呼ばれて、興奮しないとでも思ってるのか。 「え、トド松……?」 「いい加減うんざりなんだけど。好きな相手の惚気も愚痴も聞くのなんて。なんで気づかないわけ?」 「だって、トド松そんなこと言ったことないし、」 「言うわけないじゃんそんなこと」 頭の上で手首を両纏めにして片手で押さえる。細くて白い手首。力を入れたら折れてしまいそうだ。 「やだ、ちが、ごめん、まって、トド松、やだ、」 「ちょっと黙っててよ」 空いた片方の手でネクタイを緩めて、彼女の唇に噛み付くようにキスをした。 ◎title by さよならの惑星 |