扉を開いた向こうには毎日会っている彼女がいて、それでもドアノブを握る手が緊張で僅かに汗ばんだ。意を決して掴んだ冷たい金属を捻り、ゆっくりと音を立てないように扉を開ける。中にいた初老の女性がこちらに目を向け、ふわりと微笑んだ。
「なまえ、チョロ松くんが来たわよ」
入って、と促すその女性に従い、会釈をしてから部屋に足を踏み入れる。部屋の奥にいたのは、若い女性。それは、僕たちの家の近くに住む幼馴染。いつもより少しだけ高く、一つに結い上げられた髪。ふわふわした純白のドレス。紅い唇。あぁ、なんて綺麗なんだろう。これ以上に美しいものを、僕は今までの人生で見たことがあっただろうか。そう思えるくらいに彼女は美しかった。
「チョロ松くん、どうかな…?」
「……ごめんね、あんまりにもなまえちゃんが綺麗だから、なんて言ったらいいかわからなくて……」
「本当?」
嬉しそうに頬を染めてはにかむ彼女は幼くて、でもそれが一層彼女の魅力を引き立てている。貧困な僕の語彙力では彼女の素晴らしさを表現できないくらい、それはそれは彼女は美しく、可愛らしかった。
「この子ったら、『ドレスを着た姿はチョロ松くんに最初に見せるんだ!』って張り切ってたのよ?」
「だって、本当にチョロ松くんに最初に見てもらいたかったんだもん!」
「それは嬉しいなぁ。……でも、本当に僕で良かったの?」
「チョロ松くんがいい、チョロ松くんじゃなきゃだめなの!」
あどけなさの残る笑みが僕に向けられる。彼女はずるい。そんな顔をされては僕は何も返せない。無邪気で、可愛くて、だからこそどこまでもずる賢い。このかわいい姿を誰にも見せたくない。いっそ僕だけが見られるように、どこかの奥に押し込んで閉じ込めてしまいたい。
「チョロ松くん、あのね」
少し目を伏せ、頬に朱を注した彼女は僕の手を握って小さく、けれどはっきりとした言葉を紡ぎ出した。
「私は、頼りないし、全然大人っぽくないどころか子供っぽいし、チョロ松くんに助けてもらってばかりだったけれど、でも、チョロ松くんに出会えてよかったって思ってるよ。
チョロ松くん、私の幼馴染でいてくれてありがとう」

喉の奥に何かが張り付く。うまく声が出せない。ちゃんと僕は笑えているだろうか。自信はないけれど、泣かないよう、涙をこぼさないように僕は声帯を必死に震わせた。
「…僕、も、なまえに出会えて幸せだよ」
じゃあ、失礼します、と僕は腰上げて部屋から出た。敷居から足を踏み出した途端、どうしようもない虚無感と悔しさに襲われた。

幸せそうにはにかむ彼女は、
今日、僕の二つ上の兄と結婚する。

未熟な僕にはまだまだ足りないものが多すぎて、彼女を幸せにできるような地位も財も、勇気もない。
ヴァージンロードを歩く彼女、その先にいる男を睨んだ。
勇気のない僕は、こうしてお姫様を他の男の元へ送り出すことしかできないのでした。
万歳三唱。くそったれ。


◎title さよならの惑星

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