little sprout


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「もうっ!いい加減にして下さい!!」

そう声を荒げて、瞬は突然テーブルに手をついて立ち上がった。
大きなテーブルを挟んで向こう側に腰をかけた袈裟姿の瞑目の青年と、その左側の辺に浮かぶ曖昧な人の形をしたガス状のものが彼の方を一斉に見る。

「僕はアンドロメダの青銅聖闘士ですッ!乙女座の黄金聖闘士になる気も、ましてや冥王の依代になる気も毛頭ありません!!」

ぜいぜいと息を荒げひとしきり二人を睨んだ後で、瞬はすとんと椅子に座る。
その様子を目蓋の奥に隠した瞳で確かめた後、乙女座の黄金聖闘士は涼しい態度のままに口を開く。

「そういきり立つな、アンドロメダよ。私のは提案であってお前に強いているわけではない。過去に青銅を経て黄金の位置へ就いた聖闘士もあると言う事実に基づいて、君にはそういう道もあると示唆したまでだ」
「だったら言い方ってものがあるでしょうシャカ・・・!貴方の言葉はいつだってわかりにくい!!」
「・・・君、一応私は黄金聖闘士で君より7年分時を長く生きているのだがね」

あまりにはっきりしたと言うか不遜な物言いに、シャカと呼ばれた乙女座も些か辟易したようであった。

『フ・・・、余とてお前に強いたつもりは無いぞ。アンドロメダ。ただお前が望めばいつでも我が器としての、冥界の王としての座を与えようと言っておるのだ。有難く思うがよい』
「それだけは死んでも御免です!!」
『よいよい。そう唾を飛ばさずとも、死に際したお前の体など余の思うが侭だ。心安らかにこの世を謳歌せよ』
「貴方はッ・・・!!」

激昂した瞬が再度椅子を蹴り倒そうと体を震わせたその時、処女宮の中に3人とは別の小宇宙が混じる。
瞬はハッとして、咄嗟にその方向へ視線を合わせた。

「先程からなんて不可解な小宇宙がせめぎ合っているのかと思えば・・・」

かつかつと革靴を鳴らしながら手に紙袋を抱えて宮の中へ入って来たのは、処女宮より6段も上にある双魚宮の主・・・魚座の黄金聖闘士であった。
僅かに眉間に皺を寄せながらも、いやむしろその機嫌を損ねた表情が一層鋭利な美貌を引き立たせている。
彼の靴が宮の大理石を打ち鳴らす度にアイスブルーの長い毛先が空気を含んで揺蕩う。

「・・・アフロディーテか」

このような離れた宮に足を運んだ彼を別段驚くでもなく、シャカは座ったままで彼を見上げる。
応答は返さず、アフロディーテは瞬と霊体のハーデスも含めて一瞥を加えた。
ハーデスが動じる事など勿論無いが、瞬はその鋭い眼差しに僅かに怯みを見せる。
されどその後にアフロディーテが睨みを利かせたのは、瞬ではなく処女宮の主と霊体の冥王の方であった。

「ハーデス、貴方はこのような所で何をなさっている。此処は貴方のような根の国の王が降臨すべき場所ではない。先の戦を終えて一月も経たぬ内にまた聖戦を引き起こすおつもりか?」
『フッ、貴様と言い、乙女座と言い、アンドロメダと言い・・・現世に生くる者共は命知らずばかりよな。仮にも冥界の王である余に対して斯くも不遜な申し立てをするとは』

言葉とは裏腹にハーデスの小宇宙には不穏なものはなく、実に愉快そうだった。
ひとしきり高笑いをする冥王を、3人は黙って見詰める。

『なに、そう邪険にするでない。余はもう現世を如何しようとも思っておらぬ。先の戦で余とアテナとの確執は取り払ったつもりでおる。何を隠そう、冥界は今それどころではない。各獄の修復も半分も終わってはおらぬし、冥闘士の手も足りず、余の愛すべき冥界の住人達まで駆り出される始末。余がおらねば作業は遅々として進まず、三巨頭共の指揮も捗らぬのだ』
「・・・それなら尚更こんな所で僕に油売ってる場合じゃないでしょう。お帰り下さい」
『まあ聞け。そのような状況で我が冥府を置き去りにしてまで現世へ赴いたのはアンドロメダ。お前が今はどのように生きておるのか気になったためぞ』
「・・・え?」
『お前は一度余を拒んで、余の支配から解き放たれておる。心配せずともそのような者を依代として憑依する事などせぬ。ただ、お前の顔が見たくなったのだ。余の支配を自力で逃れるほどの強靭な精神力を持つお前が再び甦ったこの世でどう生きておるかをな』
「・・・・・・・」

警戒は解かず訝しげな表情のままだが、それでも瞬は口を噤んでぼやけたハーデスの顔を上目遣いで覗き見る。
それを確めたハーデスは満足気に笑んだようだった。

『余も根の国を束ねし王、自尊心に懸けても虚は吐かぬ。黄金共の顔を見る羽目になるとは流石に予定外ではあったがな。しかし息災のようではないか。魚座よ、また冥府の世話になりたければいつでも来い。歓迎しようぞ』
「その御心、有難く頂戴しておきますが、生憎そちらへお邪魔する予定は少なくとも向こう50年程立っておりませぬ故」
『で、あろうな。では場違いな王者は去ぬとしよう。アテナにも息災のほど伝えておくがよい』

形ばかりではあるが、シャカとアフロディーテの二人は即座に片腕を折り曲げ敬意を払う。
瞬も慌てて立ち上がり、内心は不本意ながらも同様の体勢を取った。
さらば、とやたら重量感のある一言だけを残し、ハーデスは次元の隙間から冥界へと還って行ったようだった。
何事もなかったかのように黄金二人は姿勢を解き、アフロディーテはテーブルの上に咄嗟に置いていた紙袋をシャカに手渡した。

「シャカ、頼まれていたものだ。一応タグを付けて置いたから植える際に参考にしてくれ」
「ああ、すまぬ。有難う」
「え・・・、え・・・?」

唐突に生活感溢れる話題にギアチェンジした二人に瞬はワンテンポ遅れてついて行けない。
慌ただしく二人を交互に見やる瞬に、シャカが涼しい顔で答えた。

「球根だ。我が庭に植えようと思ってな、昨日アフロディーテに彼の庭園で育てている花の球根を見繕って貰えるように頼んでいたのだよ」
「へ・・・へぇ・・・」
「それよりもシャカ。君も君だ。君は昔から言葉の選び方に少々難がある。誰しもが君のように頭の中であらゆる事象を見極めて発言を待っている訳ではないと言う事を理解してくれ。幼き頃から君を知る我々黄金聖闘士であればまだ理解があるものの、面識の薄いアンドロメダに逆上された所で文句は言えないと私は思うよ」
「・・・球根ついでに説教たれに来たのかね、君は」
「君よりも2年分時を長く生きている者から見た一般論だよ」

先程のシャカが瞬に対して言った口調を真似て言うアフロディーテに、シャカは涼しかった顔に少し皺を寄せて不機嫌そうにする。
それがまるで子供のようで、あのシャカがここまで幼く見えるほどに丸め込んでしまったアフロディーテを、瞬はただただ呆気に取られて見ていた。

「ところでアンドロメダ、君は何故聖域に?」
「へ?えっ?あ、いや、僕は沙織さ・・・・・・じゃなかった、アテナのお遣いで・・・」
「おや、そうだったのか。庭にいたから全然気付かなかったな」
「あ・・・ご、ごめんなさい・・・一応行きも帰りも声はかけたんだけど・・・」
「ああ、それはいいさ別に」

暗に勝手に宮を素通りした事を責められているのかと思い、瞬は咄嗟に謝ったがアフロディーテに他意はなかったようで、あっけらかんとしている。

「シャカ、アンドロメダへの用事はもう済んだのか?」
「ああ。元はと言えば君が球根を持って来るまでの暇つぶしになるかと思って捕まえただけだからな」
「・・・・・・ええぇぇ・・・」

シャカの衝撃の真意に瞬は気が遠くなる。
復活前も十二宮戦の時とも何ら変わらない、彼はどこまでも天上天下唯我独尊な乙女座の黄金聖闘士であった。
さすがのアフロディーテも瞬の不憫さに苦笑いするしかなかったようで、微妙な笑みを口元に張り付けたまま棒読みではは、と笑った。

「・・・君も災難だったな、アンドロメダ。どうだい、帰る途中でこんな所に引き留められて、また上まで登るのも億劫かもしれないが・・・私の宮で紅茶でも飲むかい?」
「えっ・・・、いいの?」

思いがけない相手からの思いがけない誘いに、瞬は心底驚いて声が上擦る。

「ああ。ティータイムにも丁度いい時間だしね。無論、君の都合さえ良ければの話だが・・・」
「・・・い、行く!行きます!お邪魔します!」
「そんな3回も言わなくても大丈夫だよ、面白いな。おいで」

瞬は不自然にがたっと席を立ち、緊張したような面持ちでその椅子をテーブルの下へ仕舞い込んだ。
シャカは一体何を考えているのか、目蓋の下の瞳で瞬の挙動を見ているだけだ。

「シャカ。また球根か苗が入用だったり、何か訊きたい事があれば遠慮なく尋ねてくれ」
「そうするとしよう。礼を言う」
「うん。では行こうか、アンドロメダ」

シャカと一言二言を交わした後、踵を返すアフロディーテの後を瞬は遅れないように追う。
宮の外へと肩を並べて歩く二人のその後ろ姿を、僅かながら口許に微笑みを浮かべて処女宮の主が見ていた事など本人達は知る由もなかった。


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