Queen of the Night

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「酒でも呑まないかね」

満月の光が海面に照り返す、そんな時間帯にいつものようにひょいと現れた金色の麗人の腕には、少し大ぶりな酒瓶が大事そうに抱えられていた。
アスミタと言う乙女座の聖闘士の突然の訪問と突拍子もない言動には既に慣れっこだが、酒を呑もうと誘われたのはデフテロスの記憶が正しければ初めてだ。
そもそも酒が呑めたのかと驚きもする。
普段から禁欲的で生活感をあまり感じさせない彼とアルコールはあまりに結び付かない。
テレポートだか何だか知らないが、頻繁にこの島で暮らすデフテロスへ会いに来るアスミタから酒の匂いがした事すら恐らくない。

「・・・いいが・・・俺はザルだぞ?」
「構わぬ。君と呑みたくて持って来た」

なかなか可愛い事を言ってくれる、とデフテロスは喉奥でクッと笑った。
アスミタはそんな彼の隣に寄り添うように腰掛ける。
酒場のような丸椅子なんて洒落たものはない。二人にとってのカウンターはごつごつしたカノン島の岩場と砂浜、満天の星空と月、ただ引いては寄せる夜の海だ。
袈裟姿に夜着の肩掛けを羽織っただけのアスミタを、そんな薄着で風邪でも引きやしないのかといつも心の片隅で心配する。
酒と一緒に気を利かせて持って来たのだろう、彼は抱えた大小二つの盃を手探りで確め、大きい方の盃をデフテロスに渡す。
早速、とデフテロスは瓶の口を開け、己の盃とアスミタの盃へなみなみと酒を注ぐ。

「いい時機に酒を持って来てくれたな」
「・・・呑みたかったのかね?」
「まぁそれもあるが・・・今宵は月が満ちている」

己の盃を目線の辺りまで持ち上げると、デフテロスは満足気に笑う。
揺れる波紋の中央に、凛とした満月が静かに浮かんでいた。

「月見酒だ」
「ふむ・・・月を見ながら酒を飲むのは、何か違うものか?」
「お前の盃にも俺の盃の中にも、いま月が映っている。今宵は満月を呑むのさ」
「・・・君もおかしな事を言う。月を呑める訳がないだろうに」
「フフ、そう言うと思ったぞ。別にお前にわかって貰おうとは思っとらん」

その言い方が少し頭にきたのか、瞑目の麗人はわずかに眉を寄せる。
アスミタと言う人間が見た目に反して情緒と言うものをあまり解さないのも既知の事実。
そんな彼が二人で酒を呑みたいと誘ってくれた事だけで、デフテロスは十二分に機嫌を良くしていた。
ぴりぴりとした小宇宙を隠せずに出しているアスミタの薄い肩を引き寄せる。
彼の身体は案の定夜風に晒されて少し冷えていて、対照的に常に熱を伴うデフテロスの腕へ素直に体重をかけてくる。
ぐい、と盃に浮かんだ月をデフテロスは一口で飲み干した。

「ああ、美味い。久々に飲む酒は矢張り最高だ」
「・・・そうかね」

デフテロスの感想に少なからず安堵したのだろう、声のトーンと小宇宙が同時に柔らかくなった。
不味いと言われたらどうしようなどと考えてくれていたのかと思うと愛しさが積もる。
瓶を掴んで盃へ二杯目を注いだ後で、アスミタ、と一声呼ぶ。
小さな盃を手にしたまま、二口三口とスローペースで飲んでいた彼は顔を上げてデフテロスを見た。

「今晩は、目を開けていてくれないか」
「・・・何故?目など閉じても開いても、私は月を楽しんで呑む事はできぬ」
「お前の瞳を見ていたいんだ、俺が」

アスミタが一瞬息を詰める。
僅かに頬を紅潮させて、彼は長い睫毛で縁取られた目蓋を持ち上げた。
決して光を通す事のない、ガラス玉のような蒼色の瞳が露になる。
束の間解放した膨大な小宇宙の余波を受けて風がひゅう、と啼いた。

「・・・感謝したまえ、君以外であれば言下に断っている頼みだ」
「ああ、知っている。・・・・有難うな」
「・・・・・・」

言われ慣れない素直な感謝の言葉に照れてしまう所も、デフテロス以外には知る者などいない。
照れ隠しをするように二の腕に擦り寄って来る猫のような彼は、それでも瞳をしっかりを開いてくれている。
盃を掲げる。
夜空にではなく今度は隣で身を預ける乙女座へ。
盃の中の透き通った酒へ、金色の佳人が入り込む。
一滴も零さぬようにデフテロスはぐっと一気に飲み干す。

「矢張り、いい月見酒だ」
「私は見えぬものにさして興味は湧かぬ。私にとっては、今宵は君の隣で飲む酒だ」

その言葉に募る愛しさを抑えきれず、デフテロスはアスミタの肩を抱く。
やめろとも、何をする、とも彼は言わない。
そのまま唇を近付けると、彼の方からおずおずと唇が重なって来る。
啄ばむような浅い口付けを交わしながら、輪郭にそって金色の髪を愛しげに撫でる。

「・・・今夜は最後まで俺が酌をしよう」
「何だね、それは。君が1人でどんどん飲んで行くだけではないかね」
「なるべくはお前のペースに合わせるさ」

アスミタはおかしそうにくすくすと笑っている。
その度に細められる瞳に映るのは、月でも星でもなく今はただただデフテロスのみ。
開けられた瓶は二人の間に未だ確かな重みを以て立っていた。


[fin.]


  

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