Seconda Linea


02:Intersezione - 1

PREV | TOP | NEXT


その日、カノンはミロの誘いで天蠍宮で酒を酌み交わす約束を取り付けていた。
聖戦の最中からこうして再び命を与えられ再生を果たした今日まで、裏切りと不敬の烙印を押されていたカノンへ何かと気を使ってくれたのがミロであった。
双子座聖衣に認められはしたものの、カノンが海界から聖域へ戻った直後は雑兵達ですら彼への不信感を隠そうとはしなかった。
そんな中で黄金聖闘士一情に厚く、正義感と実直さでは広く人望を得ているミロがカノンを認めると言う事は、カノンが信頼を取り戻す上で大きな歯車となった。
無論カノン自身が持って生まれた兄顔負けの采配と状況判断能力が最も功を奏する所ではあったが、対人関係でのきっかけを築いたのは間違いなくミロであり、徐々に聖域の中で信頼を築きつつある今でもその親交は絶える事無く続いていた。
二人がそうして酒を交えて近況や他愛のない話をするのは初めてではない。
ただミロの唯一無二の親友であるカミュも復活した現在は、ミロとカノンの二人だけでと言う機会は少なくなってはいた。
だが今宵はカミュが"合宿"と称してシベリアで弟子達と久々に過ごすため、夜は暇を持て余していると言う事らしい。

「・・・とは言え、流石に早く来すぎたか・・・」

天蠍宮の目前まで来ていたカノンは、宮の中に人の気配がない事を察して後頭を掻いた。
時刻は夕方5時半。教皇宮での執務処理がちょうど終わる時間帯だが、そう言えばミロも当直だったなと思い当りカノンは踵≪きびす≫を返す。
ミロとアイオリアの残業伝説は黄金聖闘士なら誰もが把握済の事情である。
事務仕事を兎角苦手とする二人が定時で上がれた事などカノンが覚えうる限り一度も無い。

「(となると夜までかかるだろうな・・・。まぁ時間を詳しく指定していた訳でも無いし、折を見て出直せばいいだろう)」

そう難なく結論付け、神話の時代から変わらない長い階段を経て、無人の天秤宮を通り過ぎる。
処女宮に続く階段を降り切った時、カノンはふと気配を感じて視線を上げた。
真っ黒で小さい塊が軽快なステップで目の前を通り過ぎる。

「・・・・・・猫・・・?」

ギリシャは猫が多い。野良猫もそうだが、家猫も放し飼いにしている家庭が多く、市街地に下りると様々な毛色の猫が地中海に臨む白壁を闊歩≪かっぽ≫している。
とは言え人の出入りも規制され、殆どが石と岩場と乾いた空気のみで構成される聖域では虫以外の生き物の姿を見る事など稀有で、カノンは何となく目で黒猫を追う。
追った先に、その人物がいた。

「貴方が通った気配がしたから、出てみた」
「・・・・シャカ」

足元で行儀よく座る黒猫へ、彼は白い両腕を伸ばす。
自らそこへ身を預ける猫を細い腕が持ち上げ、胸へ抱え上げた。
流れるようなその動作に視線を奪われ、カノンは我に返って瞬きをする。
いつぞやの夜とは違い、閉じられた瞳を縁取る色素の薄い睫毛は黄昏の光を帯びて淡く輝いているようでもあった。

「お前の飼い猫か?」
「・・・これか。勝手に棲み付いているのを自由にさせているだけだ。処女宮は他の宮と違って草木に恵まれているから、棲み易いのであろうな」

その割には随分と懐いている様子のその猫は、シャカの腕の中でゴロゴロと喉を鳴らして甘えているようだった。
あの晩に続いてまたしても彼の意外な一面を垣間見た気がして、カノンは思いがけず興味を惹かれて彼のもとへ歩み寄った。

「貴方は上へ何か用事でもあったのか?」
「ああ。実は今宵はミロと酒を呑む約束をしていたんだが、まだ執務から戻っていないらしくてな。出戻りだ」
「・・・あれは机上の仕事となると途端に要領が悪くなるからな。だが今日はアイオロスでは無く貴方の兄が取り仕切っている。そう遅くはならぬだろうよ」
「・・・あー・・・・・・ああ・・・そう言えば今朝まで何やら机で書類をまとめていたなサガの奴・・・。あれはミロのための準備か・・・」

人情厚く、カノン自身がそれに救われたのは確かだが、別方向では途端に問題児になる8歳下の後輩同僚を思ってカノンは苦笑いするしかなかった。
そう言えば目の前のこの麗人も彼と同い年なのであった、と気付く。
人間は性格が違えばここまで差異が表れるものかと思わざるを得ない。

「ミロが帰還するまで茶でも淹れようか。幾ら何でも双児宮まで戻るのは二度手間であろう」
「・・・良いのか?」
「茶でも、と言うか茶しか出せぬが」
「いや助かる。その言葉に甘えるとしよう」




←prev  next→

[TOP]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -