spring comes here

-- | TOP | --


(※カミュ性転換化ネタ)


どういう訳かは全くわからないが、朝起きたら俺の親友が女になっていた。
昨晩はたまたま天蠍宮で二人で飲んでいたら酔いつぶれて、自室のベッドを向こうに明け渡してソファーで朝を迎えた俺が第一発見者だった。
正確に言えばその後にすぐさま教皇とアテナに事態を報告し、御二方から該当すると思われる原因やら対策やらを教えて頂いた気がするのだが、気が動転しきっていた俺は完全に耳ザル状態でどういう訳でこのような事態に陥っているのか全く理解できていない。
だっておかしいだろう。いくら俺達聖闘士が超人的な力を携えた戦士だとしても、ある日突然性別が逆転するだなんて聞いたことが無い。
たとえ一度はこの体が冥界の奥底で塵と消えてしまい二度目の命を与えられた身だとしても、何の前触れも無く男が女になるなんてそんなのは。聞いたことが無い。

「おいミロ、聞いているのか」

そこはかとなく遠い目をしてしまっていたらしい俺のTシャツの服の裾を友が引っ張っている。
テノールだった声は今は一体何オクターブ上がったのか、気品と共に少しクセのあるソプラノに変わっている。
丸みの増した頬骨を包む雪のように白い肌、相変わらず特徴的な割れ方をしている眉毛と、燃えるようなと言うよりは血の色に近い赤髪だけは以前と変わらない。
美しい容姿をしている男だとは思っていたが、その容姿がまったく逆の性別に適用されている今、彼は見た事もないほどレベルの高い女子と化している。
そして同時に、物心つく頃から延々と密かにこの親友に対して劣情を抱いていた俺に与えるダメージも半端無い。
服の裾を引っ張るとか可愛いらしい仕草で俺を呼ぶな!恋人みたいじゃないか!周囲が勘違いしてしまうだろうが!
周りにいる殆どの男が殺意の籠った視線で俺のこと見てるんださっきから!爆発しろとかすれ違いざまに呟いてくるヤツもいるんだ!
でも俺達は別に恋人じゃないんだ!真昼間からこんな美少女と連れ添って上の空状態の所をちょっと機嫌が悪そうにTシャツの裾を引かれている俺は別に彼氏でも何でもなくただの友人なんだ!
お前達にわかるかこの虚しさと悲しみが!!
そんな四面楚歌状態の俺・・・いや俺達が今どこにいるのかと言うと、食料品売り場である。
食料品売り場の中でも、インスタント食品売り場である。
どう考えても男女のペアよりも独身の男達が集いそうな空間。当たり前だ、この場にいるのは本来独身男二人組なのだから。
昨日の酒盛りで天蠍宮に取り置いていた夜食を二人で全て食い潰してしまったので、こいつが気を利かせて買いに行こうと言ってくれたのだった。
・・・・レディース衣類を購入するついでに。
男物では合うサイズが無いからと極めて事務的な理由で買いに出かけたのであるが、シンプルな装飾で良く似合うワンピースを何着か体に当てながら、どうだろうかと問われた時はだいぶ死にたかった。
似合い過ぎて俺が金を出して全部買ってやった。

「ミロ、お前の取り置きなのだから、私が選んだってしょうがないだろう。選ぶならさっさと決めてくれ」
「うん・・・・・・・」

何だかやるせない気持ちになって視線を下の棚に落とした所で、隣にいる親友の黒いフリルから伸びる生脚が目に飛び込んで来て俺は思い切り飛び退く。
しまった。気が緩んでいた。先程から見ないようにしよう見ないようにしようと心に言い聞かせていたのに、たった一瞬の放心が命取りだ。
鼻の下を指で触れてみる。鼻血は出ていない。良かった。
別に俺だって女の脚を見ただけで鼻から出血するほどチェリーでもムッツリでも無いし、だいたい聖域にいて聖衣を着ている女の方が露出度が高かったりするので、その辺の耐性はむしろ一般人の男よりもあるつもりだ。
だが相手がこいつとなったら話は別だ。成長してから風呂を共にした事など一度もないし、普段からタイトでシックなものばかり着る傾向にある友のVネックから覗く鎖骨にすら興奮した前科がある俺にとっては、女となって柔らかさの増したこいつの生脚などもはや即効性の毒に等しい。

「お前に買ってもらいっぱなしでは悪いし、せめてこの分は私が払うから」
「いやいやいや、いいよ!いいって!アレは俺の気まぐれみたいなもんだから!カミュこそ何か他に買っておきたい物はないのか?」
「ふむ・・・どうやらアテナの話では、女性は痛みも無く血が出る事があるらしい。私にそれが来るかどうかはわからないが、念のために準備しておいたら良いのではとご忠告頂いたのだが・・・何を買えばいいのか全く見当がつかん」

いや、あるらしいってお前それ生理ってやつじゃないのか。知らないのか。
お前弟子持ちの師匠じゃなかったか。保健体育はどうしたのだ。

「お前・・・そんな長い事女のままなのか?」
「うむ、一ヶ月ほどかかるそうだ」
「一ヶ月!!?な、長いな・・・。俺はてっきり2〜3日したら戻るだろうと浅く考えてたんだが・・・」
「正確に言うと一ヶ月の間に原因を詳しく調べて、小宇宙で何とかなる場合は期を見てアテナが力を貸して下さるそうだ」
「・・・だから衣類諸々買いに行った方がいいって事だったのか・・・」
「まあ、元はアテナが再構築して下さった身体だ。その過程で少しズレが生じればこういう事も起ころう。何にせよ身体があるだけ有り難いから私は特に気にしていない」

いや俺が死ぬほど気になるんだって。と言う言葉はすんでのところで喉奥にしまい込んだ。
と言うか一ヶ月・・・一ヶ月か。一ヶ月も俺はこの血のにじむような葛藤を強いられるわけか。
自慢ではないが、俺はあまり気の長い性質ではないと自覚がある。世間からの評価も「直情的」の一言だし、俺自身がそれを信条にしている部分もある。考えるより行動しろと言うやつだ。
つまりそれは我慢しなくてはいけない事に対して、考える前に手が出てしまう可能性もあると言うわけで。そうならないようにこうやって煩悩を追い出そうと必死になっているわけだが、これが一ヶ月続くとなると気が遠くなる。
例えどうであってもこいつ・・・カミュにとっては俺は変わらない親友であって、もしかしたら本人は気にはしていないと言うものの、この状況下で俺の事を唯一頼りにしてくれているのかもしれなかった。
頼りにされている事は純粋に嬉しいし、だからこそそんな友の信用を裏切る事など絶対に出来ない。
あからさまに距離を置くこともしてはならない。俺に与えられた試練は嘆きの壁より高く厚かった。

「・・・・・・ミロ、具合でも悪いのか?」
「え?あ、いや、悪い。ちょっとボーっとしてただけだ」

慌ててカゴの中に目についたインスタント食品を片っ端から5〜6個掴んで投げ入れる。
カミュはそれならば良いが、とだけ言って俺の手に指を絡ませてくる。
・・・・・・・なんだって?
え?何で?何で手繋いでんの?
どういうこと?あれ?男同士でスーパー行った時って手繋ぐもんなの?
身体の動きも思考も停止してしまっているのに、生理的な手汗だけがどんどん分泌されていく。
俺はきっと今物凄い顔をしているのだろうか。カミュが隣でも前でもなく後ろにいるのがせめてもの救いだ。
と言うか。

「・・・・カミュ、お前もしかして・・・楽しんでるだろう」
「すまん、ちょっとした出来心だ」

相も変わらず抑揚の無い、でも少しだけ楽しそうなトーンで喋って、柔らかい指先がするっと離れて行った。
ああそんなに簡単に離せてしまうのかと若干意気消沈する。
別に繋いだままでもいいぞとは口が裂けても言えないのだ。
だがまぁ、カミュが少しでも楽しいならいいかと思ってしまえる俺は相当イカれてるなと思う。

「・・・お前、何だかんだでノリノリだよな・・・ソレ着た時も抵抗無さそうだったし・・・」
「馬鹿を言え、抵抗はあったさ。ただ、アテナから頂いたご厚意である以上は受け取らねばなるまい。それにお前も似合うと言ってくれたからな。友であるお前が似合うと感じる格好でいるのが今の私にとって一番自然だろうと思っただけだ」

・・・何でこいつはこんな天然ジゴロなんだろうか。
俺に対してだけだろうか。そうであって欲しい。
今のはちょっと言い方を変えれば間違いが起きてもおかしくない台詞だぞカミュ!!本当にお前は生粋のフランス人だな!!
相変わらず俺は棚と向き合ってインスタント食品を片手にした状態で固まっているから顔を見られる事が無いのが救いである。
俺は今日何度この眼前にそびえる棚に救われているんだろうか。もうホントこのスーパーに足向けて寝れない。

「お前だってもし私と同じ目にあったら私より楽しんで着そうな気がするが」
「あー・・・・それは・・・うん、あるかも」
「アイオリアやアルデバランは絶対に嫌がりそうだな」
「うわ、すっげーありそう!ムウとシャカは嫌々だけど普通に着こなすんだろ」
「見た目だけなら男のまま着ても誤魔化せるからな、あの二人は・・・」

勝手に同年代の幼馴染を的にして盛り上がるのもどうかと思ったが、何故かアイオリアやアルデバランが女装している姿を想像してしまって俺は吹いた。すまん二人共。
いや俺も多分女装しろとか言われたら人の事言えない見た目になると思うけど。
幼い時分からそうだったが、ムウとシャカとカミュの三人はいわゆる美形揃いの黄金聖闘士の中でも垢抜けている所があると思う。それは俺達より年上であるアフロディーテも含めてだが。
恐らく女子から見れば揃ってかっこいいに分類されるんだろうが、同じ年で同じ男の俺からしてみれば、男らしいかっこよさと言うよりは宝石のような端麗さを感じるのだ。
ムウは怒らせると死ぬほど恐ろしいが物腰は柔らかくて、何と言うか優雅?気品?そういうものがあるし、シャカも偉そうな変人だが聖戦を経て大分性格が丸くなってきて、超然的な態度よりも元からの垢抜けた容姿の方が目を引くようになった気がする。
そしてカミュは、気付いたら恋をしていた俺にはどこが綺麗かと言うことを語り尽くしたら日が暮れてしまう。
切れ長の瞳の上の質量のある睫毛だとか、それがたまに無意識に俺に寄越してみせる流し目だとか、冷ややかな流し目の後は大抵呆れたように瞼を閉じて小さい溜息を漏らすのだ。
そういう怜悧な美を持ち合わせているのにコイツの中身は意外に涙もろくて、情に厚くて、でもやっぱり普段はクールで。
冷めてるとかポーカーフェイスとか表情まで凍ってるとか、それこそ昔から散々に叩かれてきたカミュが俺の前では呆れたり、怒ったり、泣いてみせたり、俺の前では自然体でいてくれる。
もういつからなのかはわからない。だが親友のそういう所に気付いた瞬間、俺はもう親友ではいられなくなってしまった。

「俺、今日買ったヤツはお前が一番似合うと思ったから金出したんだ」
「・・・・・・・・・・え、」

女だから似合うとか、男に戻ったら誰かにあげればいいとか、古着屋に売ればいいとか、多分そういう安直な考えではなかった。
ただそれはカミュだからこそ、俺の知り得る中ではカミュに一番似合うと思ったからこそ、どれがいいかで迷っているものを全部その手から取り上げてレジに持って行ったのだ。
そんな感情が溢れ出して口からぽろっと出てしまったそれが俺の本音だと気付いたのは、カミュの戸惑った反応を聞いてからのことだった。

「あ、え、あっ・・・、いや!ち、違くて、いや、違わないんだけど、そうじゃなくて!・・・そうなんだけど・・・・・・・、じゃなくて!!」

やばい、まずい、これはコフィられるかと真っ青になって俺は手にしたカップヌードルを前で振りかざしながら、否定になっていない否定をする。
そりゃそうだ、レディースの衣類をお前だけに似合うからと言われて嬉しく思う男がどこにいるのか。俺だったらそんな事を言って来る野郎がいたらその場でスカーレットニードルを打っている。
でも別に全面否定したい訳じゃなくて、自分でも呆れるくらい訳の分からない事を口走りながら振り向いた先のカミュは。
赤かった。
いや色だけで言ったらこいつは常に赤いのだが、頬を赤らめて視線を下に落としているこの、親友(元は男)の、いじらしさと来たら。
しばらく俺は憑りつかれたように惚けてその顔を見ているしか無かった。
え、何だ。何だこの空気。思考が追い付いて行かない。
照れる所?今のお前的に照れる所だったの?それって、え、つまり、どういう事だっけ、どういう事なの。

「・・・・えーと、カミュ・・・」

やっとのことで口にした俺の呼びかけにをカミュは全く無視して、突然俺の腕を取ると引っ張って歩き出した。

「カ、カミュ?」
「・・・・・・・・アイスが食べたい」
「ア、アイス!?」

今?よりにもよってこのタイミングで!?
いや、そりゃさっきそこのフードコートにソフトクリーム売ってて美味そうだなとは思ったけど!
もしかしてさっきのあの沈黙は、世間的には好きな奴の顔に見惚れるんじゃなくて畳み掛けてオトすチャンスだったと言うのか。馬鹿な。そんな事は全く思いもしなかった。
俺はそんな一世一代のチャンスフラグを棒に振ってしまった負け組だと言うのか。
自分では結構恋愛スキルに関しては正攻法でいくタイプかなと己を過信していたのかもしれない。今のは完全に駄目な男の見本だったのか。
草食の蠍とか笑い話にもならない。違う、俺は!いや、でも!

「・・・・お前が、・・・・変な事を言うから、アイスが食べたい」
「へ?」

凄まじく間抜けな声だと自分で思った。
ぐいぐいと引っ張られるままに歩かされていた体を少し傾けて、後ろ斜め30度くらいから頭一つ分近く下にあるカミュを見る。
俺と違ってどこまでもストレートな髪の毛の端から覗くカミュの耳がぎょっとするほど赤い事に気付き、それを目で確かめた瞬間俺の顔にも物凄いスピードで熱がのぼる。

「わ、わかった、カミュ、あのな、でも、カゴ持ったままあっち行けないから、会計してからな・・・!これ会計終わらせたら、いくらでもアイスおごるから、」
「・・・・」
「・・・・だから、その・・・アレだ。・・・一緒に食おう」

ぴたり、とカミュが立ち止まる。
掴まれていた腕が離れて行くことにやはり少し寂寥感を感じるのは、もうしょうがない事だと思う。

「・・・・別に、おごらなくても良い・・・・・・」

どことなく憮然とよこされた返事が、言葉ほど事務的な響きでは無い事が付き合いが長い俺にはわかってしまう。
それと同時に、どう考えても俺が金を出す以外の選択肢を自分で見出せないほど胸に熱いものが込み上げてくる。
これは。これは、もしかしたらもしかしてしまうのではないかと。
だがきっとこいつの事だから、今はどうして自分がこんなに顔を真っ赤にしているのか理解できていないのだろう。
俺以上に何かにつけて奥手なこいつだから。20年も生きてきて、浮かれた話の一つもとんと聞かないこいつの事だから。

「・・・私は、先にあっちで待つから、お前はさっさと会計して来い」

カミュはそう言って髪の毛を翻し、俺の胸板にユーロ紙幣を何枚か押し付ける。
俺が受け取る動作を確かめもせずに踵を返すと早足で食品売り場から姿を遠ざけて行ってしまった。
渡された紙幣からは、独特のインクの匂いに混じって微かに彼の香りがする。清潔感のある香りが。
ああ、もう、何なんだコレ。
正直俺は今カゴ放り投げて床を転げ回りたい気分この上ない。
紙幣をそっとポケットに潜り込ませ、俺は自分の財布から真新しいピン札を数枚抜くと猛然とレジに向かって突き進んだ。


[fin.]


  

[TOP]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -