無慈悲のショコラ

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「・・・何をそんなに嬉々として見ているのだね」
「食べてる貴方って素敵だなぁって思って・・・!」

閉口どころか、危うく今口に含んだばかりのチャイを口からカップへ戻してしまうところだった。
そういう私のどこをどう見誤っても素敵とは言えないであろう様相を、目の前の少年は星屑でも零れそうな満面の笑みで見ている。
全く以て理解出来なかった。

「私も人間だ、衣食住の人として最低限の行動はする。それは珍しくも素敵でもない本能的な行動だ」
「だって素敵なんだもん・・・、えーと・・・上手く言葉に出来ないけど、フォークとかお箸持つ手とか口に運ぶ動作とか・・・僕もよく星矢達と食事を共にするけど、全然違うって言うか」
「違うと言われても私にはこれが普通なのだからわかる訳がなかろう」
「でも素敵なんです!」

一生話が見えてこない気がする。
大体自分が褒められたわけでもあるまいし、そこまで躍起になって主張する事だろうか。否。

「下らぬ事をしている暇があったらさっさと君も自分の分を食べたらどうだね。食べたいから持って来たのだろうに」
「違うよー、シャカに食べて欲しいから持って来たんだよ!貴方が淹れたチャイ飲みながら、貴方が僕が好きなお菓子食べるのが見たかったんだ」
「・・・私は観賞動物かね」

まあこのショコラは確かに美味いが。とは年端も行かぬ少年に上手く乗せられてしまうようで口には出せない。
その彼はと言えば少し温まっているだろうカップを手に取って、それこそ小動物のように口に運んでいる。
猫舌らしい。
初めて茶を出した時に、彼の過保護な兄が何処からか私へ念波を飛ばして来たのだ。
仮にも感覚攻撃のスペシャリストである私に対して居場所を悟らせぬまま横槍を入れてくるとは、あの男の兄弟愛はどこまで底無しのパワーを秘めているのかと思う。
だから多少冷ました状態でチャイを出してやると、よく飲む。
ものを食べたり飲んだりしている様に魅力があると感じるとすれば、それは私ではなくこの子の方であろうと多少気が緩んだりもする。
今日何度目かもわからない溜息を一つ吐いた。

「・・・・何故君は私の所へ足繁く通おうとする」
「?」
「私は君の兄や友のように気を遣う事も出来なければ、優しくも無いし他者に対する慈悲も無い。そういう悪評に於いては黄金聖闘士の中でも片手で数える内に入るし、それを改める気も無い」
「んん・・・?そうなの?」

矢張りどう考えても今一通じていなさそうな顔で彼は首を傾げている。
そして幾許か口元に手をやって真剣に考えた後で、急に顔をあげてテーブルから立ち上がって距離を詰めてきた。

「・・・ない!そんな事言った人こそ気遣いがないし優しくないよ!僕は絶対違うと思う!」
「どうして君がそこで憤慨するのかね・・・とにかく座りたまえ、食卓に塵が飛ぶ」
「えっ?あ、はい、ごめんなさい・・・」

私に注意された事がそんなにショックだったのか、彼は急に勢いを無くし子犬のように項垂れて着席した。
他人のために何かをしたいと言う気持ちは理解できないわけでは無い。だが、他人のために怒ると言う行動は未だに理解しかねる。
アイオリアやミロなど、血の気の多い同僚は昔からよく私やカミュの感情の代わりとでも言うように良く怒った。
アイオリアが聖域から何かにつけて不当な扱いを受けた頃も、まるで自分の事のように怒っていたのはミロだった。
怒りは人を単純にする。ともすれば愚行へ走らせる。
己へ向いた矛先へ己が怒るのであれば愚かではあるがそれは理に適う。だが、他人の事に対してまで怒りと言う負の感情を発する必要が何処にあろう。
ましてやこのような些細な事で。唯我独尊を往く私にとって、他者から見た評価など歯牙にも欠けない。
何を考えているか分からないとか、腹の内が読めなくて気味が悪いとか、見下されているようでいけ好かないとか、そんな月並みの台詞は私の人生においては雑草のようなものだ。
どこへ行ってもあるし、かと言って歩みの邪魔になる訳でもない。刈り取っても踏み潰しても生えてくる、だから放置して先を歩くに限る。

「私にとっては取るに足らない事に君が怒りを感じる必要はない、アンドロメダ」
「・・・でも、大好きな人が悪く言われてるのって納得いかないよ。僕の考えが幼稚なだけかもしれないけど」
「そうだな。君が幼稚となると、アイオリアやミロも幼稚と言う事になろうな」
「・・・?アイオリアとミロが何で・・・?」
「気にするな」

眉間に疑問を目いっぱい寄せて首を傾げる彼のカップを取って、チャイを注いでやる。
そうすれば先のぶすりとした表情も疑問の表情も、一瞬にして顔から消し飛ぶ事を知っている。

「あっ!ありがと!」

案の定何処からか花でも飛んできそうな笑顔で彼はカップを両手で受け取る。
どんな時でも礼を忘れないのはあの兄の教育の賜物か生来の優しさ故か。
・・・この何の疑いもない笑みを向けられるのは、あまり得意ではない。
彼の兄に対して湧くのは底知れない潜在能力への興味だが、この子に対して湧くのはただひたすらに戸惑いと癒しばかりである。
生まれてから此処へ来るまで一人で生きてきた私には、年下の、ましてや5歳以上年の離れた人間など間近にいた経験など無い。
突き放せば簡単に傷付いて、突き放した事を後悔してしまうような、そんな経験など。

「・・・君はよく笑うものだな」

けれどそんな事がどうでも良くなるほどに、この世で最も清らかな心を持つらしい少年の笑顔は私の心ですら解す。
私はきっと、彼が持ってきたこのショコラでいい。

慈悲もなければ甘くもない、皿の上で溶ける、ショコラでいい。


[fin.]


  

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