Scorpion + Aquarius

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騒々しく扉が開かれた音と、その暑苦しい小宇宙に双方一つの予感をしつつも、一体何事かと水瓶座の権化である二人は扉の方向へ駆け寄った。

「カミュウウウウウ!!!!」
「うわっ!?」

大きな書棚の角を曲がるや否や、叫びと共にカミュ目掛けて飛び込んで来たのは金色のモフッとしたもの。
いや、人間であるのは言うまでもない事だが。
デジェルは勿論知らない人間だったが、カミュとやたら親しそうな所、自分の最も良く知る小宇宙に似ている事を踏まえれば、想像に難くなかった。

「・・・ミロ、ちょっと、おい・・・重い」

身長は殆ど変わりないようだが、金色の癖毛の彼はデジェルやカミュに比べると体格で勝っているようだ。
そんな人間に思いっきりしがみ付かれているものだから、床に座り込んだ状態でもカミュはついた腕をぷるぷるさせている。

「・・・おい、ミロいい加減にしないか・・・!先代の前だぞ!」
「えっ?あ!!どうも!すげえカミュそっくりだ!」
「・・・初めまして。デジェルだ。大体想像がつくが、君は・・・」

バシッ、と快音をたててカミュがミロの頭を叩く。
カエルが潰れたような声をあげて書庫の床と顔面から熱烈な接吻を交わしたミロは、赤くなった鼻をさすりながら起き上った。

「・・・すまないデジェル。本ッ当にすまない。これ・・・いや、彼が先程話していた当代蠍座のミロだ」
「やっぱりか。先代の蠍座と小宇宙がとても似ていたんだ。いや・・・あいつよりも朗らかで優しい小宇宙だな・・・。会えて嬉しいよ、ミロ」
「こちらこそ!」

笑って差し出された手を握り返したミロは、蠍と言うよりは大きな猫のような印象を与えた。



「へぇ、言ってくれんな。デジェル。俺の小宇宙は優しくねエってか?」

なりをひそめていたもう一つの小宇宙が扉の奥から姿を現す。
手には半分ほど食べかけのリンゴを持ち、射抜くような視線がまっすぐにデジェルを見ていた。
その威圧的な貫録は、カミュすら一瞬怯まざるを得ない。
ミロと共にこの場に現れた事、そしてその凶暴な小宇宙の奥にある真っ直ぐな熱さにカミュもまたデジャヴを覚える。

「・・・まず書庫で物を食うな。初対面の者に圧力をかけるのはやめろ。私に話しかける前にまず彼に挨拶をしろ。あと入ったらドアは閉めろ」

一つ深い溜息を吐いた後で、デジェルが彼に向って言ってのけたのはただの説教だった。

「ハッ、生き返っても小姑みてーな小言垂れやがって。ンな細けぇ事気にしてっとすぐジジイになっちまうぜ」
「小姑でもジジイでも何でも構わんがせめてリンゴは外で食え。ここはもう私の書庫じゃないんだから」

他者からすれば一触即発の小宇宙を撒き散らして頭上で繰り広げられている会話を、カミュは冷や汗を垂らしながら聴いているだけであった。

「おっ前・・・!ついてくんなって言っただろうが!!」

そんなカミュの隣で唾を飛ばすような勢いで怒鳴ったのは、予想外にもミロだった。
お前、とは彼の見ている方向からしてもカルディアを指しているのは明らかで、唐突に友人の口から出た暴言にカミュは驚いて肝を冷やす。

「ミ、ミロ・・・!お前、何て口を・・・」
「だってカミュ、こいつ酷いんだぞ!むがっ・・・」
「・・・!カルディア、お前ミロに何をした?ここに来る前あれほど当代に迷惑はかけるなと・・・」

お約束のように口を開けば説教ばかりする同僚の声を流し、カルディアは膝を折ってミロの口を必死に手で塞いでいるカミュに視線を合わせた。

「お前が当代水瓶座?カミュって言ったか」
「え?あ、ああ・・・初めまして」
「デジェルがさっきからビービー垂れてるように、俺の名前はカルディア。蠍座だ。ふーん・・・確かに似てるけど、お前の方が万倍素直そうだな。美人だし」
「・・・・え?」
「おっ、爪綺麗だな。こういう手からダイヤモンドダスト受けんなら本望なのに」
「・・・・・・・え、あ・・・いや・・・その」

ミロが物凄く何かを言いたそうに塞がれた口でもがもがと喚いていたのだが、ビキッ、と氷が砕けるような効果音がその場に具現化したようにすら感じられる勢いで、カミュは背後の小宇宙が一気に冷たさを増したような感触を覚える。
恐る恐る振り返った先では、まさに絶対零度の眼差しと突き刺すような凍気の小宇宙をカルディアに向けて降り注ぐデジェルが見下しながら立っていた。
その周りには氷の結晶が混じった青白い炎のような揺らぎが立ちこめ、彼のエメラルドグリーンの髪が煽られて緩く棚引いている。
これにはカミュ共々ミロも絶句し、蒼褪めながらもその場を動く事が出来ない。

「・・・カルディア、貴様・・・ミロを困らせるだけでは飽き足らずカミュにまでちょっかいをかける気か・・・?」
「ああ?俺は思った通り本当の事言ってるだけだけど?」
「その減らず口ごと一度全身凍り付かせてやらねば懲りぬらしいな・・・」
「やってみろよ?お前ごときのケッタイな凍気で俺の熱抑え込めると思うなよ?」
「ぬかせ!!」

非常にまずい雰囲気が痛い程に伝わって来る。
パキパキと音を立てて空気中の水蒸気や埃が凍り、光の屑になって降って来る。
これは完全にダイヤモンドダストの、しかも見た事もないような半端ない威力の物の前振りであると咄嗟にカミュは感じ取り、勢い良く立ち上がってデジェルとカルディアの前に立ち塞がった。

「ま・・・待ってくれ!二人共、拳を収めてはくれないか・・・、貴方達が争う所を見たくは無いし・・・、それに・・・貴方達の余波から本を守りきる自信は流石に私にもない・・・」

その台詞を聞いたデジェルがハッとして、真っ先に小宇宙を収めた。
一触即発で書庫が氷の間と化すかと思われた程に強大なそれがものの数秒で消え失せ、既に一桁になりかけていた室温の低下も歯止めがかかる。

「す・・・すまない、君の言う通りだな。見苦しい所を見せてしまって・・・面目ない」
「・・・いや、いいのだ。そんな頭を下げないでくれ」

それに呼応するようにまた小宇宙を収めたカルディアは特に本気ではなかったようで、興奮したデジェルが下げた室温を自らの熱の小宇宙で適温に戻すような余裕すら見せつけた。
この二人の喧嘩は2世紀前からこうなんだろうかと頭の端でミロとカミュは思う。面倒事になりそうなので口には出さない。

「コイツ昔っから頭に血ィ昇ると見境つかなくなる所あんだよ。なぁデジェル?」
「貴ッ様・・・・一体誰のせいだと・・・・」

ここが書庫でなかったら確実に一発技を浴びせていたと言わんばかりの、般若のような顔でデジェルがカルディアを睨む。
そのカルディアの空気の読めなさと言うか、若干確信犯でからかっているような自由人じみた振舞いに、流石のカミュもミロの苦労を察しかけていた。

「カミュ・・・俺嫌だ、俺絶対こいつと一緒に暮らすの無理・・・ひでーんだぞ、挨拶もそこそこにソファー勧めようとしたら既に寝転がってるし、勝手に冷蔵庫開けて俺がとっといたリンゴ食うし、冷蔵庫どころか勝手に引き出しとか棚とか開けて家探しするし・・・・会って10分!!たった10分だぞ!!初対面で!どんだけ俺様なんだよ!!俺ぜってーコイツが先代とか認めない!!」

ミロが半ば泣き付くようにカミュにその暴挙っぷりを伝える。
言葉の最後は既にカミュではなくカルディアに直接投げつけている。
デジェルは怒りを通り越して完全に呆れたような眼差しをカルディアに送った。

「何言ってんだ、俺はこれから共棲する奴の事を知って親睦を深めようとだな。あ、カミュ、こいつ棚の奥の引き出しの3番目にやべぇ本もっさり隠しt」
「オイイイやめろ!!やめろそう言う個人の秘密をカミングアウトすんなやめろ!!」
「やばい・・・?本・・・・?何だそれは、ミロ、親友の私にも教える事すらできない物なのか?私は別にお前の好きな物にあれこれ口を出す気はないが、お前は子供の頃からおねしょも打ち明けて相談してくれたのに・・・私では信用のきかない事なのだろうか」
「違うから!!深刻な解釈しなくていいから!!っていうかこんな時に寝小便の話持ってくんな!!」

気温をマイナスにする事と思考をマイナスにする事に関してはサガに次ぐネガティブさを持つカミュに、ミロはツッコミ切れていない。

「(こいつヤバイ本の意味わかんねぇのかよ・・・)」
「(隠し事は良くないな・・・それほど深刻な物でないのなら打ち明けた方が互いのためになるだろうに・・・)」

その二人の横で先代の二名も思い思いのツッコミとボケを心の中でぶちまける。
200年経ってもいまいち変わり映えのない水瓶座と蠍座の縮図がそこにあった。

「とにかく俺絶対アイツと同居すんの嫌だ!!」
「・・・・そうか、そこまで言うのなら、今日は私が天蠍宮に行くようにする。お前も今日一日宝瓶宮で寝泊まりするといい」
「「「え?」」」

あまりに突飛かつ斜め上をいくカミュの言葉にその場の3人が見事にハモって聞き返した。

「私ならお前のあのゴチャゴチャと片付かない天蠍宮の中でも何処に何があるかは一通り判るし、お前だって同じだろう。お前がどう思っていようが、お前の先代への態度は目に余る。それなら私がカルディアに天蠍宮の中を案内するから、お前はデジェルに宝瓶宮の私室を案内するといい。言っておくが、彼に対しても同じような態度を取ったら永久凍土に沈めてやるから心に言い聞かせておけ」
「い、いや・・・ちょ、待て、カミュ・・・」
「案ずるな、お前のその・・・見せたくない物に関しては私も付け入る気はない」
「だからそうじゃなくて!い、いやそれもあるけど・・・!」
「すまない、デジェル。案内の途中で失礼な話だが、そう言う事でもいいだろうか?」
「・・・え?・・・あ・・・いや、私は別に構わないんだが・・・」
「俺も異議ナーシ」
「カルディアてめえ!!」

若干戸惑いながらもミロの肩を持とうとするデジェルに反して、カルディアは面白い事になりそうだと涼しい顔でカミュに賛成する。
ぎゃんぎゃんと唾を飛ばすミロを無視して、カミュはカルディアの先導に立った。

「デジェル、書庫の本はどうか自由に持って行って読んでくれ。戻す場所がわからなかったら私に伝えるか渡してくれれば戻して置くから」
「あ・・・ああ、有難う・・・。だが、カミュ・・・その、本当にいいのか?当代の水瓶座が自宮を手放すような事をしてしまっては・・・」
「心配いらない。明日になれば流石に戻る。もし何かあれば白羊宮で小宇宙の反応があった段階で私もすぐ自宮守護に当る。宝瓶宮もアクエリアスも久々に戻った貴方に免じて、許してくれるだろう」

書庫の柱を愛おしげに撫でたカミュがそう言うと、まるで宮が呼応したように空気が和らいだような気がする。
それに気を取られたミロも呆けて天井を見る。
先代に会えて嬉しいのはカミュだけではない。悠久の時を生きた宝瓶宮も黄金聖衣もまたデジェルを確りと覚えていて、歓迎していた。
こんな破天荒で無茶苦茶な先代でも、天蠍宮とスコーピオンもまた同じように再会の喜びを感じているのだろうかと一瞬ミロは思い耽った。

「では行こう、カルディア」
「おう、よろしくな」
「いややっぱ駄目だろ!駄目だってカミュ!!そいつと寝泊まりするとかどう考えてもヤバ」
「・・・カリツォー」

無言でミロを指した赤い爪の先から、小さな氷のリングが飛びミロの口だけを一瞬で塞ぐ。
もがもがと必死に口を動かすミロにカミュは絶対零度の視線を向ける。

「お前は少し黙っていろ。大体ミロ、お前が言い出したのだから我儘はよせ。その束縛は2分ほどで溶けるから、溶けたらしっかりデジェルを案内しろ。わかったな」
「――――!!!」

声にならない抗議の声をミロは上げ続けるが、無論カミュに届く事は無かった。
それを若干同情の眼差しで見るデジェルも、カルディアに対して牽制を促すような視線を即座に向ける。

「(・・・こいつ、怒るとデジェル以上に容赦ねぇな・・・)」

当のカルディアはカミュに対して一つ学習をした後、その狭い背中の後を追って巨大な書庫を後にする。

「〜〜〜〜〜〜!!!」

最早何を言っているかわからないミロのこもり切った断末魔が書庫にこだましていた。



[fin.]


  

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