Aquarius

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同時刻。
双魚宮の一つ下に構える宮、宝瓶宮でも知的な水瓶座の聖闘士らしい礼儀に乗っ取った挨拶が交わされていた。

「お初にお目にかかる、先代様。私は当代水瓶座のカミュ」
「此方こそ初めまして。デジェルだ。不思議な縁ではあるが・・・これから暫くよろしく頼む、カミュ」

燃えるような深紅の髪と澄んだ海のような碧色の髪の水瓶座達は互いに握手を交わし、談笑も交えながらカミュが先導して宮の奥へと歩みを進めていた。
先代水瓶座が訪れると聞き、カミュが兼ねてから真っ先に案内したいと思った場所である。

「しかし、君達の代の聖戦も随分と大規模だったのだな。教皇宮からちらっと見ただけだが・・・あれは処女宮か?屋根すらなかったぞ」
「あ、いや・・・、聖域近隣にある人里の方の整備を優先させていた事もあって、宮の修復は先週から始まったばかりなのだ。処女宮は・・・その、最も破損状態が激しいと言うか当時は全壊してしまっていて・・・。あれでも瓦礫を片付けて、基礎となる柱やら台座やらが出来てきて、ひとまずそこに建物があると言う景観は取り戻した方なのだ・・・」
「全壊・・・!?随分激しい交戦があったのだな・・・。冥闘士とか?」
「・・・・・・・ああ・・・その・・・まぁ・・・」

カミュはまさか自分が冥闘士の一員として乗り込んで禁忌の技使ってまでぶっ飛ばしましたとは、先代相手には口が裂けても言えず、冷や汗を垂らしながら曖昧に受け答える。

「そうか・・・。アスミタも久々に戻った自宮が跡形もなく消えていたのでは寂しいだろうな。・・・いや、あれはそんな事を気にするような輩ではないから大丈夫か」

アスミタと言うのは恐らく先代の乙女座の名前だろうとカミュにもすぐ理解できたが、げに恐ろしきは先代・デジェルの無知故の悪気なき独り言である。
いくら他に手立てが無かったとは言え、一瞬でも冥闘士の手先と言う立場で己の故郷とも言うべき聖域を手にかけた事をぶり返され、カミュの心臓には先程から精神的に色んな物が刺さりっぱなしになっている。

「しかし、それほど壊滅的では今代の乙女座はどうしているのだろうか?」
「ああ、それなら心配は無用。宮の方は後回しになってしまったのだが、生活できるような居室は我々十二人で復活後に協力して建設したのだ。恐らく先代の乙女座様もシャ・・・いや、今代と共にそちらにいらっしゃるはずだ」
「君達が家を・・・!?それは凄いな。大変だったろう・・・?」
「確かに慣れない作業ばかりだったが、それでも3日程で完成できた。組み立てのプロさえ呼べば、どんな巨大な石でも斬ったり割ったり穴開けたりを3秒で出来る人間が此処にはいるので・・・」

それらを一瞬で山羊座・魚座・蠍座だろうかと当て嵌める事ができたデジェルは、確かに、と面白そうに笑った。
同時にそう言えば今代の蠍座はどのような人物なのだろう、とぼんやりと興味を持つが、それを尋ねる前に大きな扉の前でカミュが立ち止まった。

「・・・ああ、ここだ。・・・どうぞ」
「・・・・!」

デジェルはその扉に見覚えがあった。
他の部分は一度造り直しをしたのか、自分が生活していた頃の宝瓶宮とは少し違った内装であったが、その扉だけは昔の重く古めかしい、古城のような扉の態を保っていた。
ギィ、と錆びた真鍮が擦れて音を立てる。
扉が開かれて広がったのは、自分がいた頃の面影を残す、ただし天井から床まで本に埋め尽くされている巨大な書庫であった。

「これは・・・・・・遺していてくれたのか・・・・・!!」

思わず目を輝かせて感慨深そうに中に入るデジェルに、カミュは口元を綻ばせながら頷いた。
そこは紛れもない、デジェル自身が知識を得るために己の宮に隣接させて作った書庫であった。
まだ年端も間もない頃、ブルーグラードを訪れる度に貰い受けて来た本を仕舞いこむために一室を改造して作ったものだったが、デジェル自身が年を重ねて自分で本を買えるようになると、任務の度に赴く先で入手しては本棚の量が増えて行き、ちょっとした規模にはなっていたのだ。
当時は本はかなり貴重な物で一冊一冊がとても高価であったのだが、知識を得る事に貪欲なデジェルは暇さえあれば近隣の村の司祭などに頼んで斡旋して貰ったりと凄まじい本の虫っぷりであった。

「元の大きさを私は知らないのだが、私が宝瓶宮に初めて入った頃には既にこのスケールだった。聖域の図書館のような存在になっているようで、かつてブルーグラードと言う土地にあった巨大な書庫の本を全て貰い受けたのだそうだ。恐らくその時に拡張整備されてこのような形になったとは思うのだが・・・それでも此処はあなたが愛用されていたとの事で、なるべく当時の形を残すように改装されたと聞いている」
「そうか・・・、あのブルーグラードの書庫が・・・・ここに・・・。ブルーグラードは今はどうなってしまったのだろうか?」
「現代では残念ながらブルーグラードと言う地名はなくなっているのだ。ただ、私が聞き及んだ話では数世紀前に気候条件のために民が絶えた、と言う事らしい」
「気候条件のせいで・・・?」
「ええ、何しろ極寒の地だから。もしかしたらどこか他の土地へ移民したのかもしれないが」
「・・・・・・そうか・・・」

数世紀前と言う単語にデジェルは少し引っかかりを覚えていた。
この時代は自分達が経験した聖戦よりも261年後、もしカミュの言う『数世紀前』が自分達の時代に当たるのだとすれば、デジェルに取っても無関係な事ではなかった。
あの戦いを機にブルーグラードも氷闘士も滅亡の途を辿ってしまったのだとしたら。ユニティがあの後どうなったかもデジェルは知らない。
彼が生きてさえいてくれればと、当時のデジェルにはただそれだけだったのである。
そのブルーグラードの宝とも言うべき本の数々が聖域の、しかも宝瓶宮、かつての自分の書庫の中に収められているのは何と言う皮肉だろう。
考え込むように眉間に皺を寄せているデジェルを見て、カミュは自分が何か失言してしまったのかと焦っていた。

「あの・・・、私は何かあなたの気に障る事でも言ってしまったのだろうか・・・?もしそうなのであれば謝・・・」
「・・・ああ!いや、すまない。そうではないんだ。悪かった」
「そうか、・・・良かった。あ、此方側の書棚は比較的新しい書籍が並んでいると思う。氷河・・・、日本と言う国に住んでいる私の弟子がいるのだが、彼が送ってくれた異国の本も沢山ある。言語が読めなくても興味深い本ばかり並んでいるから、此処から自室へ何冊か持って行ってみてはどうだろうか?私はどうしてもあなたに現代の多種多様な本を見せたかったのだ」
「本当か!異国の書とは興味深い・・・!日本とは名前だけ聞いた事はあったが、生きている内についぞ行く機会がなくてな・・・」

まるで新しい玩具を見つけたように輝く200年以上前の自分の先代の瞳を見て、カミュも若干の安堵と共に頬を緩めた。

「日本の本は理路整然としていて見た目にもとても素晴らしいんだ。見てくれ、全ての本のサイズが揃っているだろう?」
「・・・・!確かに。これはこういう規定のようなものがあるのだろうか?」
「そうらしい。何だったか・・・白銀比、と言ったか。日本では古来から当たり前のように利用されていた比率で、この比に沿った紙は二つに折ると元の長方形をそのまま縮小した形になるのだそうだ。この比率は数学的にも絶対的なもので、拡大と縮小が自在に効くと言う現象はこの白銀比以外に存在しないらしい。日本では昔からこの法則に沿って紙が作られて来たためにこのように統一された美しい本が並ぶのが当たり前の光景らしいのだ。私も初めて日本を尋ねた時にはこの整然さに驚いた」
「・・・本当だ、この小さい本と隣の大きい本を重ねてみると良く分かるな」
「因みにこの値は現代の紙のサイズの世界基準になっているんだ。こちらがA5と言うサイズで、こちらがB5と言うサイズ。基本的にどちらも数字が小さくなるほど大きなサイズになっていくんだ。B4だと・・・これだな」

下の方に並べてあった画集を1冊手に取り、デジェルに手渡す。

「これは・・・大きい本だな。こんな大きさの本もあるのか・・・」
「ああ。これは絵画の画集だからな。現代には印刷・・・えーと・・・版刷を全て人力ではなく、器物に高速で行わせるような技術があるんだ。だから画集も版を刷るように簡単に複製できるようになる。そうなると細部まではっきりと見られるように、大きなサイズの本が発達するようになったんだ、と・・・思う。多分」
「な・・・成程・・・。全く想像がつかないが、技術に見合った発展と言う事なんだな?しかも中身まで美しい!260年あれば人の技術と言うものはここまで進歩するものなのか・・・」

本の中身だけではなく、本の装丁など外観までデジェルは物珍しげに見ている。
たった十余年の間霊魂として冥途を漂っていたシオンですら、甦生した当初は技術の変容に戸惑ったと言っていた。
彼ですらそうなのである、昨日今日で260年後に突然タイムスリップしたような形になっているデジェルにとっては、生来の好奇心旺盛さも手伝って見る物全てが研究対象のようなものだった。
夢中で書棚を凝視しているデジェルに、カミュは何冊かギリシア語の本を差し出す。

「これは聖域内で訓練生向けに配給されている歴史の教科書と参考書なのだが・・・、いくら本が好きな貴方でもこれだけ数があっては何から手をつけるべきか迷うだろう?とりあえず260年分の文化をさらっと通して読めるから、これで大まかな知識を補ってみてはいかがだろうか?」
「助かる、カミュ。君の言う通りだ。しかし今の訓練生はこんな立派な教材を配給してもらえるのか・・・素晴らしいな」

私の時代もこうであればカルディアも本を嗜む気になったかもしれないのに、と大きな独り言と溜息をデジェルが吐き出す。

「カルディア・・・、そう言えばミロが言っていた。蠍座の先代様だろう、その方は?貴方とは親しい間柄なのだろうか?」
「親しいと言うか腐れ縁と言うか・・・・・・。いや、君相手に今更照れる意味もないか・・・。確かに、大切な友人だ。当代の蠍座はミロと言うのか?その口ぶりでは君らこそ懇意にしている仲なのだろう?」
「ああ、ミロは私が聖域に来たばかりの時分から・・・本当に幼い頃からの親友なのだ。・・・そうか、でも・・・嬉しいな」

無表情が少し頬を赤らめて口元が笑みを形作ったカミュを見て、デジェルは純粋に後輩の微笑ましい一面を垣間見た気がしてつられて笑んだ。
嬉しいのはデジェルとて同じかもしれない。
カルディアの死もデジェルの死も、それはお互いに確かめ合った訳ではなかった。
遠くで蠍座の小宇宙が燃え尽きたのを感じ取ったのはたった一瞬の出来事で、また会えるならと言う気持ちも未来に対する期待も全てを内包した感情の泡がはじけて消えるように、刹那の後に自分も命を燃やし切ってしまった。
ただその一瞬に何の躊躇いも悲しみも無かったのは、予感だったのかもしれないと今思う。
まるで自分達の思いを受け継いだように、姿も容も違えども後世の蠍座と水瓶座の間にも揺ぎ無い関係がある。それはある意味運命的とも言えるかもしれないと思った。

「今日一日は先代様を接待しろとの仰せつけなので、他の黄金達も皆時間があるはずだ。後で天蠍宮まで下りてみるか?」
「そうだな。当代の蠍座とは是非会ってみたい。カルディアも多分カミュに少なからず興味があるだろうしな」
「私も興味がある。と言うかミロが迷惑をかけていなければいいのだが・・・」
「・・・・・・いや、その台詞は恐らく此方の言い分だ・・・」
「?」

デジェルの独り言にカミュが首を傾げたその時、二つの熱苦しい小宇宙が書庫の扉を勢い良く開いたのだった。


[fin.]


  

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