花喰い | ナノ


※パラレルなんだか違うのかなんかよくわからない
※ちょっと気持ち悪い話


その男は、花を食べる。

澄んだ空へと真っすぐにのびる茎を二本の指ではさみ、ゆっくりと上へ滑らせる。産毛までがくっきり見える、みずみずしい青の茎である。やがて萼の部分にたどり着くと、咲いた花の部分を上に残したまま、手首を捻った。
ぶつり。
花を手折る。真っ白な花は茎からはなれて、彼の細い指にぽつねんと乗った。あとには真っすぐな茎だけが所在なさげに揺れている。

頭を失った茎には目もくれず、男はその花を指先でつまりむ。そしてそれを顔の高さまで持ちあげ、唇を開き、ちらりとあかい舌をのぞかせ、その上に落とした。
ぽとり。
音もなく舌に乗った花を、男は自分の口内に招く。味わうようにゆっくりと目が細められて、やがて喉が上下した。咀嚼した様子はない。

そうやって、男はつぎの花に手を伸ばし、

「気持ちわりいな、手前」

つと静雄を見た。

「気持ちわりい」

足を一歩踏み出した。靴の裏で、花が折れる感触がする。
花畑であった。
足元から遠くに見える丘のずうっと先まで、うめつくす花、花、花。咲き乱れる色を、男は食べていた。

「何が?」
「手前が花を食うことが」

臨也が首を傾げる。前髪が流れて、彼の左目を隠した。右目だけで男は問う。

「花を食べるのが駄目だというの?」
「狂ってる」

そう言うと、臨也はくくくと笑った。さっき彼に呑みこまれた花くらい軽い、くくくだった。

「君は肉を食べるかい。食べるだろうね。魚も食べる。すっかり綺麗に食べてしまうんだろう。それどころか野菜も食べるじゃないか。ああ、大罪だ」

臨也は立ち上がった。地面に立つ。茎が折れるおとがする。彼は人差し指を立てて、それを静雄のみぞおちのすぐ下に突きたてた。

「シズちゃん、君はそんなに罪深い腑を持っているだろう。何もかも呑みこんでしまうはらわたを持っていて、どうして俺を狂ってるだなんて言えるの」

この男の腑をぱっくりさけば、腹から胸まで息苦しいくらいに花ばかりがつまっているのだろうか。黙りこくった静雄を見て、臨也はやわらかく笑った。

「俺は、花しか食べない」


その男は、花を食べる。
くらくらするような甘いにおいを摘み取って、首を折って、口にふくむ。白い花弁は彼の舌のうえで雪のようにその色を滲ませた。あふれかえる花畑の中で。色彩の反乱。氾濫。

花を食べつくしたらどうするのか、と静雄は聞いた。

「死ぬだろうね」

ここが枯れたら飢え死にだ。そう言う間にも、次々に刈りとっていく。カウントダウンがすすんでいく。

「おれが死んだら、ねえ。シズちゃん、君がおれを食べてよ」

臨也は言った。花びらを一枚一枚ちぎりとる。左目はいまだ、髪に隠れたままである。

「頭のさきから丸呑みで頼むよ。君ならできるだろう。君は、肉も植物も食べるんだ」

おれはそのどちらでもあるね。彼がささやくようにそう言ったとたんに、その膝のうえに花がおちた。
ぼとり。
はじめは、臨也の手のなかからおちのだと思った。しかし、すぐに別の花がおちてくる。とめどなくはらりはらりと、彼の膝に花がつもった。
臨也が片手で、彼の左目を押さえた。そこで静雄はやっと気がつく。花は彼の手の下、前髪で隠された左目からおちてきているのだ。おどろいて思わずその肩をつかむ。臨也は開いているほうの目で静雄を見た。

「おれが死んで、君がおれを食べるだろう、シズちゃん。そうしたら君が死ぬ時にはおれを思い出してね。おれを思い出しながら、シズちゃんは死んでね」

押さえている手の隙間から、ぼろぼろと花びらがこぼれおちる。臨也はいつものように唇の端を何かに引っ掛けたような笑いをして、膝におちた花をひとつ拾いあげ、舌にのせた。

「君みたいな生命力のある奴が土になったら、花も生きかえるだろう」

肩に置いた手をその左目にすべらせる。まぶたを覆う彼の手と重ねて、下に落とした。

「どれくらいかかるだろう。百年くらいかな」

そこには変わらぬ眼球があるばかりで、花など湧いてはいなかった。夢のなかにひかる百合のように、彼は笑う。
花を食べるおれを食べたシズちゃんが咲かす花だよ。百年の夜をこえてね、咲く花だ。




途中で飽きた結果がこれだよ!