・来神時代、つき合ってない二人
唇がはなれた。閉じていた唇をほどいて息を吸う。
「ばっかみたい」
そう言ってやると、彼は、八の字に眉をさげた。ぶうん、と首を振る扇風機が、濡れたままの髪を揺らす。せんぷうきって、馬鹿みたいな言葉だ。身体の力が抜けていくよう。せんぷうき。
「いらいらするよ」
静雄は悲しそうな顔をして、おれの頬に手を添えた。はりついた髪がその手を濡らす。湯冷めしないうちにはやく乾かしたいんだけどなあ。別におれは彼にいらいらしたんじゃなかったけど、言わないでおいた。じゃあ何に、と聞かれた時に、せんぷうきに腹が立ったなんて言いたくなかった。
「じゃあなんで、手前はここに来た」
そういうところがばかだって言ってるのに。至近距離で見つめあう。泊まりにこないかと誘ったのは彼だ。頷いたのはおれだけど。ふかふかした自宅のベットとか、妹の騒がしいあし音とか、好きだけど、ときどき全部手放したくなる。今日はちょうどそんな日だった。
だから、おれとしては彼の家に泊まることに全然意味はなくて、言うなれば忙しいこの鼓動を休めるために彼の提案を呑んだわけで、今日彼の家族はみんな出払っていて二人きりだなんていうのは別にどうでもよかった。
それだのに彼は、こうやって自分のベットにおれを押し倒してキスをするのだ。でもこんな言い方はフェアじゃないかもしれない。正確には、ベットに座ったおれにそろそろと近づいて、おっかなびっくり肩を押しただけだ。それだけの話。そこには好いた惚れたの感情はないのに、覆いかぶさる彼はそれを分かっていない。
「なあ臨也」
せんぷうきがいやいやと首を振る。彼とキスをするのはいやではないけど、わざわざしたい訳でもない。
「友達ならよかったのにね」
敵対する心もよこしまな感情も、何ひとつ持たない友達になれたらよかったのにね。
平和島はまだ悲しんでいた。それは折原に対してだったし、変わらないこの関係に対してでもあった。
「もうなれないのか」
「なりたいの?友達に」
沈黙がおちる。せんぷうきがまわる。ばかじゃないの、と折原はため息をつく。もう頭のしたはすっかり濡れてしまっただろう。おれ達はもっと殺気立っていなくちゃいけない。交わるならその果てでなくちゃいけない。
間違ったってねえ、君とおれはこんなふうに始まっちゃいけないんだ。
恋する男と形式主義者
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