蚊臨 | ナノ



ばりばりと、音が立ちそうな程に腕を掻き毟る。掻いても掻いてもまだ痒みを訴えるそこは、痛々しいほどに赤く擦り切れていた。

「だからレモンを食べておけと言っただろう。シトラスの匂いというのは蚊を寄せ付けないんだ。好き嫌いはよくないな」
「うるさい」

向かい合ったソファーに座り、腹立たしくもぴん、と人差し指を立ててうんちくを垂れる男を睨みつける。苛々しているとき、彼の口調は余計に臨也の神経を逆撫でした。第一、たかだかポッカレモン一振りでこの痒みから逃れられるとは思わない。

「あーっくそっ!何でこの家ムヒがないんだよ」
「俺は生来噛まれにくい体質でね」

ああ何もかも不公平だ、と思う。何もかも九十九屋の方が優位なのだ。思い返してまたむかむかする。臨也がレモン酸味が苦手だと、聞いた時のこいつの顔といったら!


心を静めるために無心に引っ掻いていた腕が、ひりひりと痛んだ。見れば血が滲み始めている。肌を見せている箇所といえば腕と首から上だけなのに、どうして俺だけが狙われるのか。
思わず舌打ちを漏らすと、それまでじっとこちらを見ていた男がふふ、と笑うように息を漏らした。何だと思う間もなく、彼はソファーから立ちあがってこちらへと回りこんできた。ぺたぺたと男の裸足が音を鳴らす。すとん、と臨也の横に腰をおろして、真っ赤になった腕を取った。

「時に折原。蚊に刺されやすい奴の血というのは、花の蜜の匂いがするらしい」
「何、」

本能的に危険を察知して、座ったままじりじりと後退する。九十九屋はそんな様子ににやりと口の端を吊り上げると、掴んだままの臨也の白い腕に唇を寄せ、それから、血のにじんだそこをべろりと舐めた。

「……っ!!」

咄嗟に身を引くも、予想外に強い力で押さえられた腕によりそれは叶わない。九十九屋はふむ、と考えるような顔をした後、いやらしくもにっこりと笑った。

「やはり甘いな」
「このっ…変態…!」

人の血舐めて何が楽しいんだ!うまく回らない口の代わりに、臨也は心の中で盛大に悪態をつく。どうしようもなく熱の集まる、頬を隠すこともできないまま。


そうして臨也は、「なんならどこまで噛まれるか試してみるか?」という男の悪趣味な実験につきあわされ、その後ちょっと人には言えない箇所にまで九十九屋にムヒを塗ってもらったのであった。まる。




茶会投下物・下に走って申し訳ない