※静臨付き合ってる前提
あ、と思った時にはもう床に押し倒されていた。固いフローリングに背中がぶつかる。頭を打たなかっただけ幸いか。弾みで書類の束が手から離れ、バサバサと音を立てて床一面に広がった。
「いざや、ねえいざや」
ちょうど真上にある顔は瞳の桃色以外俺と寸分違わない。それが泣きそうに歪められているのは中々に異様な光景で、凸面鏡を覗き込んだ時のように視界がぐらりと傾いだ。
「サイケっ…いきなり何なの、遊びたいんなら津軽呼ぶから相手してもら…」
「つがるじゃいやだ!!」
吐息が触れる距離の大声にびくりと身が強張る。サイケは今まで津軽にべったりで、そんな事を言うなんて一体どうしたのだろうか。
ついさっきまで俺はシズちゃんと電話していた。仕事の関係でここ一ヶ月程彼とは会えず終いで、我ながららしく無いと思いながらつい長電話になった。その間サイケは一人でお気に入りのテレビを観ていたはずだ。別に変わった事は無かったはずなのに、通話を切ったとたんに突然抱き着かれて押し倒された。
「いやだ…いやだよいざや。ずうっと仕事ばっかりで、やっと終わったと思ったら電話して」
「うん、ごめん。ほらもう一緒に遊べるから、な?津軽が嫌ならそうだ…新しい友達はどう?俺の知り合いにさあ、リンダっていう…」
「それもいらない!」
びりびりと鼓膜が震える。見つめ合ったままの瞳が揺らいで、一気に潤む。やばい、と咄嗟に目を瞑った瞬間瞼にぽたりと雫が落ちた。
「サイケ…」
「ねえいざや、おれはいざやが好きだよ。つがると遊ぶのも楽しいけど、いざやと居る時が一番しあわせだよ」
ぼたりぼたりと、降り始めたばかりの夕立のような涙が瞼を濡らす。子供のようにしゃくりあげるサイケを宥めようとも、溜まっていく水に目を開ける事さえもできずにぬるいそれは俺の目尻からあふれて流れ落ちた。
「でもいざやはそうじゃないの?おれにたくさん友達ができて、ふたりで一緒が短くなってもいいの?おれのこと好きじゃない?」
「サイケ、俺はそんなこと」
「おれはいやだよ!そんなのいやだ。だっていざやが一番だから、誰よりも、いざやと一緒が好きだから」
濡れた耳の横が冷たい。瞼の隙間から涙が染みて、もうどちらのものか分からなくなった。頭の下にある書類はもうぐちゃぐちゃになっているだろう。サイケ。腕を彼のコートの背に回すと、力尽きたように俺の上にしなだれかかってきた。顔を肩口にうずめる。嗚咽混じりの囁くような声が、直接耳朶を打った。
「だからいざやも目をあけてよ。仕事より、チャットより、にんげんよりつがるより。しずおさんよりも、ねえ、お願い。他の誰よりも、おれを見てよぉ」
言葉尻は消えそうに揺らいでいた。震える身体を抱きしめる。サイケは親に縋る幼子のように俺のコートを握りしめた。ちらりと、脳裏にさっきまで話していた男の顔が浮かぶ。それから男に良く似た、着物姿の彼も。サイケと彼との間には、まだ遊び相手という認識しかないのだろうか。じゃれる二人を思い浮かべる。目は開けなかった。大事なものは瞳を閉じても見えるのだ。
大丈夫、今にきっと分かるよ。
幼いサイケと保護者臨也
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