「…友達か?」
いささか驚きながら訊ねる。初めて会った時から、臨也にはこれといって友達と遊んでいるのを見た事が無かった。人見知りが災いして、二人で公園にいる時でも同級生がやってくるとそそくさと俺の後ろに隠れてしまうのだ。そんな様子だから、今までにからかわれて帰ってくる事はあっても友達を連れてくる事は一度もなかった。
「うん!」
臨也が大きく頷くと、横の少年が頭を下げた。名札の色からして臨也と同学年なのだろう、どう考えても小学生には読めないであろう名字をしていた。
「はじめまして、りゅうがみねみかどです」
「ああ、いらっしゃい」
そう言うと彼、帝人君はちょこんと首を傾げて、お兄さんですか?と言った。ここは臨也の家であって決して俺がいらっしゃいと言う立場ではないのだが、反射的に返事をしてしまったのだ。
「いや…」
「そうだよー」
否定しようとした所で臨也に遮られてしまう。訂正しようかとも思ったが、帝人君はそうですか、と納得してしまっているし、あながち間違いでもないので黙っておく事にした。自慢げに言う臨也が可愛かった、というのもある。
一緒に宿題をしていたのかテーブルの上にはノートやら原稿用紙やらが置いてあり、鉛筆キャップが散乱していた。横に置いてあるポテトチップスは帝人君が持って来たのだろうか。手土産といい敬語といい、中々に礼儀のしっかりした子供のようだ。いい友達が出来たな、と臨也の頭を撫でてやりたくなった。
「何の宿題だ?」
「いざやは作文だよ。みかどくんはかんじノートだけど」
手元をのぞき込むと、確かに『ぼくのねがいごと』という題が書かれている。そういえば七夕が近かったんだなと思いだした。去年は二人で笹飾りを作ったのだ。今年もあの笹貰えるといいな。
紙には『やさいがなくなればいいとおもいます。』と書かれていた。
「…こら臨也」
「だってー…」
ちょん、と額を小突くと拗ねたように膝を抱えてしまう。こんなに偏食癖があって、この子は給食は大丈夫なのだろうか。たしか自分の頃はお浸しとか磯辺揚げとか、臨也が絶対に食べたがらないようなメニューも多かった気がする。残しているのか、無理矢理食べさせられているのか。残し癖がついても困るが、昼休みまでごちそうさまをさせて貰えないのも可哀相だ。気になって声を掛けようとして、帝人君がじっとこちらを見ているのに気が付いた。そういえばさっきから蚊帳の外だった。せっかく来てくれたのに申し訳なくなって、彼の方に向き直った。
「帝人君は、もう作文書いたのか?」
「え?あ、まだですけど、なに書くかはきめてます」
照れたように、まだ体育座りのままの臨也を見てにこりと笑う。臨也は興味が沸いたのかなになに?と身を乗り出した。
「早く大きくなって、いざやくんとけっこんするんです」
「……は?」
「いざや、みかどくんのおよめさんになるの?」
自信満々というか、きっぱりと言いきった子供に開いた口が塞がらない。これは俗に言うあの「大きくなったら結婚しようね」的なそういうアレなのか。いやでも隣の臨也はきょとんとした顔をしているし、帝人君が勝手に決めて言っているだけろうか。もし本人の同意を得ていないのなら認めないぞ、俺は認めない。
光の速さで考えを纏めて、もう一度口を開き直す。
「いいか帝人く……」
「あっ、いざやくん!しゅくだい終わったんならお外でボール遊びしようよ!」
「?、うん、いいよ」
「おい、ちょっ…!」
俺がみなまで言う前に、少年は臨也の手を引っ張って駆け出してしまっていた。なんだ今のタイミング。まさか計算済み……いや相手はうちの臨也と同い年だぞ。あんな無邪気そうな子に限ってそんな事は無いだろう。うん。どうせ子供の可愛い冗談だと思って聞き流すことにする。
「また片付けないで…」
頭を大きく二回振って、散らかされたままの勉強道具を一カ所に揃える。帝人くんのノートを手に取った時、五回ずつ練習された単語が見えた。
外ではボールをつく音と、はっきりと聞き取れない話し声が響いている。臨也が楽しいなら不満は無いはずなのに、どうしてこうも不安になるのか。ため息をついてノートを閉じた。「対決」と書いてあった。
同い年の帝臨とかかわいすぎる。
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