静←臨←門 | ナノ



「神様なんていないんだよ」

そう言って臨也はぷいと横を向いた。そうだな、と相槌を打つ。その視線の先には屋上と空が広がるばかりだけれど、きっと彼の瞼の裏にはそれ以外の男の姿が見えているのだろう。

「いたとしても、俺の願いは聞いちゃくれないんだ」

流石にそうだなとは言えずに、黙って浅く切れた頬に手を伸ばした。それはもちろん傷口に絆創膏を貼る為で、それ以外の意味は持っていない。はずだ。

「こんなに思ってるのにさ」

さてそれは神様に対してか、それとも静雄に対してか。怒った顔ばっかり、もう見飽きちゃったと零す唇を見つめた。なあ臨也、俺だってお前のそんな顔はもう沢山だよ。そんなに苦しそうにして、そのくせに幸せそうに笑う。そんな表情は。
ぺたり、と絆創膏を貼付ける。不必要になった台紙が風に飛ばされて、くるくると回りながら落ちていった。グラウンドへと降下していくその先に、見慣れた金髪がちらりと見える。今は昼休みだから、次は体育なのかもしれない。隣に座る臨也に教えてやろうかと思ったが、やめた。静雄が体育をしていると知れば彼が五限目をサボるのは目に見えている。確か次の世界史は単位が危ないはずだから、出席させるべきだ。真っ当な理由が見つかった事に安堵しながら、俺はちりちりと胸を焦がす嫉妬に従った。

「ほら、そろそろ教室帰るぞ」

「えーめんどくさーい」

このままドタチンとここにいたいな。臨也がこちらを見る。静雄相手じゃそんな事絶対に言えないくせに、人懐こい笑みにほだされそうになる。あの切なげな目は、けっして向けられないのにな。

「駄目だ」

「えー…」

渋々立ち上がる臨也の後ろで、静雄のクラスがグラウンドの中央に整列しているのが見えた。彼が気づいてしまわないように、急かすように強く腕を引く。突然の事にバランスを崩した身体は、簡単にこちらに倒れ込んで来た。背中に腕を回して支える。

「ああ、悪い」

「っと、危ないよもう。しかも何かドタチン今日は無口じゃない?」

そう言って首を傾げる。近距離なので、その赤の瞳は自然と俺を見上げる形になった。こんなにも近くにいるのに、どうして俺もお前も、何一つ伝わらないんだろうな。

「ちょっと考え事を、な」

気が付けないのなら、誰の為の神なのだ。叶わないのなら、何の為の祈りなのだ。遠くで予鈴が鳴るのが聞こえた。甘酸っぱい季節は流れていく。たとえ実を結ばなくても、俺はお前を好きになれて幸せだよ。あいつを追っているお前も、同じ気持ちなんだろう。

いつも静雄と喧嘩して落ち込む彼をあやす時のように、つむじに手を置いた。太陽を浴びていたそれは仄かに暖かい。柔らかな黒髪をくしゃりと撫でた。はかない香りをしていた。