戦闘技術研究会ハロウィン奇譚
2013/06/25 21:11

 サークルのドアを開くと、そこは戦場だった。

「貴様この私に楯突こうとはいい度胸だな! ハハハ滅してやろう!」
「会長と言えど手加減は致しませんのでそのつもりで」
「ふぁいあーすとーむ!」
「ふふふみんなで一緒に遊んでいると楽しいですわね」

 ずだだだがっしゃーんどどどばっこーん。
 ……聞こえてきた音が、ゲーム機からとかだったら良かったのに。
 しかしこれはれっきとした、リアルに物が発射され、発破され、破壊される音だった。そのせいで部屋の中は凄惨な状態になっている。何がどうなってこうなった。
 ふと、近くに無事な机があり、またその机にダイレクトに腰かけながら、バトルに参加せずぼけーっとしている人がいるのに気づいた。
 俺より一個年上の二年、莢塚先輩である。普段から何事にも興味のない彼女は今回の大騒ぎにもやはり興味のない様子で、机の上にあったじゃがりこをがりごり食っていた。
 一応、彼女に訊いてみる。

「莢塚先輩……あの人たち何やってんですか?」
「……んー」

 先輩はゆっくりこちらに視線を向け、またゆっくりと元の方向に戻し、一言答えた。

「しらない」
「……ですよねー」

 予想通りの回答だったとはいえ、なんだかため息をついてしまう。
 と、

「隙ありぃッ!」

 ダダダダッ! という音が、俺の顔の、すぐ横で、した。
 ぎぎぎ、とぎこちなくそちらに目線を動かす。そこにあったのは、壁に突き刺さったカッターナイフ、かける三本。

「遅かったな、真澄くん! パーリナイはもう始まっているのだよ!」

 上機嫌でそうのたまいやがったのは、この『戦闘技術研究会』という名のただのバトルサークルの会長、空堀先輩である。
 ……つか『パーリナイ』ってなんだよ『パーリナイ』って……。

「今日がハロウィンという事くらい知っているだろう、真澄くん」

 俺の疑問を察したのか、振り向き様にサブマシンガンを乱射しつつそう言ったのは、俺と同学年の黒逸くんだ。

「Trick or Treat……故にこうやってお菓子争奪戦をしているというわけだよ、真澄くん」

 あー、つまり『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』的なあれか……なるほど、わからん。
 これでは最早、『ぶっ殺すから菓子寄越せ』の方が合ってるのではなかろうか。
 命をかけてまで菓子が欲しいわけでもなかったので、俺はこのまま踵を返して部室を出ていこうとした。
 が、なんとなく気になる事が一つあって、大乱闘中の皆様に問いかける。

「あのー……そのお菓子ってのは、終わってから買いに行くんですか?」
「もう既に買ってありましてよ」

 笑顔と共に鉄扇を一閃させ、ロリ顔お嬢様な桜河先輩が答えてくれた。

「賞品としてすぐ授与されるよう、置いてありますわ」

 ほらそこに、と桜河先輩が顔も向けずに指差した場所を見る。ほほう。

「ありませんけど、お菓子」

 俺の一言で、えっ? という表情もあらわにバトロワ組の動きが停止した。
 お菓子が置いてあったはずの、机の上。
 そこにはお菓子が入っていただろう空き箱ばかりが転がっていて、今しも最後のじゃがりこを口にした莢塚先輩が、全員の視線を受けて、ん? と小首を傾げた。





「……さて、優勝賞品がなくなってしまったわけだが」

 大乱闘の爪痕を残したままに、全員が長机を囲んで座っていた。取り仕切るのは、空堀先輩だ。

「どうやって代わりの賞品を調達するか、何か案がある者」
「その前に、前の賞品は誰のお金で買ってきたんですか?」

 俺の質問に、空堀先輩は簡潔に返す。

「部費だ」

 ……………………。
 ……そうか、部費なのか……。

「……だったら、食べちゃった莢塚先輩が立て替えたらいいんじゃないですか?」
「だ、そうだが莢塚」

 俺と空堀先輩の言葉を受け、莢塚先輩もこれまた簡潔に答えた。

「やだ」
「そうか、嫌か……」

 ふむ、と考え込む。空堀先輩。どうせなら先輩権限でも使って払わせてくれたらいいものを、そうしないのはただ単純に『面白くないから』だろう。どうせ今の莢塚先輩の回答も予想通りのものだったに違いない。
 部室内に沈黙が降りて、3秒後──す、と誰かの手が上がった。

「案なら、ありますわ」

 ……桜河先輩だ。
 先輩は実に素敵な笑顔を浮かべて、その『案』を言った。

「お隣から頂きましょう」

 彼女の台詞が終わった瞬間、全員、ただし俺と莢塚先輩除く、の顔がぱあっと明るくなる。

「なるほど、こちらは誰の懐も痛まず賞品だけを頂く……いい案だ!」
「流石です桜河先輩!」
「そうとなれば早速隣の部室に殴り込みに行こうぜ!」

 おおー! という歓声まで上がる始末。
 このサークルは、ヴァイキングばっかりだ。





 ──数分後、宣言通り隣のサークルの扉前に集結した、戦闘技術研究会の面々の姿があった。

「よし、行くぞ」

 低い声で皆に告げ、空堀先輩がくっ、と片足を跳ね上げる。
 次の瞬間、ドゴン! という音と共に、扉が外れた。

「やあ諸君、私らは隣のサークルの者なんだがね。Trick or Treatだ! 早急に菓子もしくはそれを買う金を出してもらおう!」

 威勢よくそんな台詞を投げかけた空堀先輩に、中にいた隣のサークルのメンバーたちは暫く呆然としていたが、やがて一人がつかつかと先輩に歩み寄り、実に非情な──だが彼らにとっては実に妥当な──返答をする。

「えーと、器物損壊なんで、そちらが請求額出して頂けますかね?」

 奇しくも地面に倒れた扉には、『法律研究会』の文字が。





「……全く納得いかない」
「現実なんてそんなもんですよ」

 大乱闘の後片付けをしながら、ぼやいた空堀先輩に俺は適当にそう答える。
 あの後、請求された修理代は、またしても部費から出された。俺としてはそこが納得いかない点である。しかし俺一人が異論を唱えた所で何が変わるでもないので(他の部員は何故抗議しない)、結局言うのは諦めて、こうして後始末を手伝っている所だった。

「……あれ」

 黒逸くんが、床に落ちていたポッキーの箱を拾い上げた。ためつすがめつしてから、ぽつりと言う。

「……これ、封開いてませんよ。中身あります」

 ──部員たちの動きが、止まった。

「……優勝賞品は、それだな」

 重く低く響き渡る、空堀先輩の声。
 次の瞬間、持っていた箒やら塵取りやらは放り出され、再びバトルロワイヤルが始まった。
 俺はため息を一つつき、投げ出されたポッキーの箱を手にする。

「真澄くん食うんじゃないぞ! 莢塚くんにも食わせるな!」
「わかってますよ」

 空堀先輩の声にそう答えて、俺は安全そうな隅に寄る。せいぜい賞品授与係でも務めておこう。

 始まった大乱闘は、まだ暫く終わりそうになかった。





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