365日のプロポーズ


晋作は食事をとりながら、楽しげに笑ってこう言った。

「白無垢でも用意してやろうか?」

今日。薩摩藩邸から届けられた結納品を丁重に送り返し、そして大久保さんを説得するのに丸一日を費やした。そんな具合で疲れきっていた私に、かける言葉では無いと思う。
味噌汁をすすりながら、私は晋作をきっと睨みつけてやる。するとそれを見て、晋作は意地悪くも楽しげに笑うのだ。

「薩摩藩邸にでも嫁げば一生安泰だぞ、何せ相手があの人だ」

そう、冗談に聞こえぬ冗談を言う。
いつもならば笑ってすませられる戯言だが、今はとても笑って見過ごせそうにない。
箸と器を膳の上に置き、私は心底不機嫌そうな声を作り、こう言ってやった。

「私は女じゃない」

すると晋作は、にやりと笑って口を開く。

「そんなもん、一番よく知ってるのは俺だ」

おかわり、と一言付け加えて、彼はこちらに茶碗を差し出した。
空っぽになった茶碗を受け取り、私は自分の隣に置いてあったおひつからそれに白米をよそってやる。いつも三杯は食べる男だ。どうせならと、二膳分の米を山盛りにしてやった。
絵に描いたようにこんもりと盛られた茶碗。それを見て、晋作は唇の端だけで笑う。
いつもならきちんとしてやるところだが、今日の私は虫の居所が悪い。そしてそれを煽ったのは、間違いなくお前なのだから、これ位は受け入れろ。
そんな思いは口に出さずとも伝わったのか。
悪いなと、感謝なんだか謝罪なんだか分からぬ言葉を口にして、彼は茶碗を受け取った。
そして私の作った食事をそれは美味そうに食べてみせる。いつ見ても思うが、なんと作りがいのある食い方をする男だろう。

「晋作に嫁ぐ人は、きっと幸せになれるだろうね」

何の気なしにそう呟いた。晋作は目を少し見開いてから、喉を詰まらせたようで盛大にむせてみせた。
ああもう、子供ではなかろうに。そう思いながら、彼の隣に移って背中をさすってやる。しばらく背中をさすってやると落ち着いたのか、彼はこちらに視線を向けた。

「どうした、小五郎。自分が嫁ぎかけて何か思うとこでもあったのか?」

このまま背中をつねってやろうかと思ったが、やめることにした。つねる代わりに、冷ややかな笑顔を彼に向けてやる。

「冗談だ、冗談!笑ってないのに笑うな。それより何だってんだ、藪から棒に」
「何って、私はただ思ったまでを言っただけだよ」
「……ふん。俺はいいとして、お前はどうなんだ。浮いた話の一つも無い」

今度はこちらが驚く番だった。そんなことを言われるとは思ってもいなかったからだ。
確かに浮いた話の一つどころか、身に覚えも何も無い。
けれどもそれを、こんな風に真正面から聞かれたことなどなくて、何だか答えに詰まってしまった。
どうも上手く言葉が出てこなくて、頭の中にあるそのままを言っておくことにした。少なくともこれは事実だった。

「お前が妻をめとるまでは、私は側に居る」

そう答えると、晋作はどこか困ったような笑みを浮かべる。

「それなら、お前は一生俺から離れられないな」

そんなに相手に不自由しているのか。
そう首を傾げると、晋作は私の頭にぽんと手を乗せてみせた。
なぜか子供扱いされたような気はしたけれど、そうする晋作はやけに幸せそうな表情をしていたので、咎めるのはやめておこうと思った。





365日のプロポーズ





20101219

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