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身体中に鈍痛と倦怠感を覚えながら目覚めた。どんなに明けてほしくない夜でも、時間さえ過ぎれば空はこうして明らんでしまう。
それが世の常だ。
ぼうっと瞳を開けていくと、室内は思いのほか小奇麗だった。多少の生臭さは消えないものの、今この部屋に訪れた人間には昨夜の狂気は想像出来ないだろう。
自分の体に視線をやると、きっちりと浴衣が着せられており、ご丁寧に布団までかけてある。何度も何度も体液で汚された身体も、しっかりと拭われているようだ。
綺麗なものだった。
いつもと変わらぬ朝の景色の中、いつもと異なるのは自分の心だけらしい。全てが夢であれと願うも、身体の至る箇所が悲鳴を上げ、昨夜が現実だと僕に告げてくる。
ああ、うるさい。
もう一度、目を閉じれば全て夢となってはくれないだろうか、もしくは全て忘れさせてくれないだろうかと、馬鹿げたことを考えていたところで襖が開いた。
そちらに視線だけを向ける。
以蔵の手には、食事が入った膳が載せられていた。

「病人扱いか」

ふうと一つ溜息を吐く。僕が起きているとは思わなかったらしく、その大きな身体を一瞬、硬直させた。

「熱が出たと言っておきました」

消え入りそうな声で言い、布団の脇に膳を置く。
まるで腫れ物に触れるような態度をとられているなと、以蔵を見て内心苦笑する。誰のせいだと思っているのやら。

「起こしてくれ」
「……」
「起こせ、と言っている」

どこか驚いた表情で、僕の肩を抱き、ゆっくりと身を起こそうとする。こんなに近くに顔があると言うのに、視線は外されていて。彼の首元に出来た歯型の傷跡が、否が応でも目に入る。
その傷跡に指先で触れると、びくと身体がふるえた。

「痛いか」
「いえ」

身を起こされ、一人で座ろうとするも腰に激痛が走る。これはいけないなと思いながら、肩から腕を離そうとする以蔵の着物を掴んだ。

「食事を終えるまで支えていろ、とても座れそうに無い」

そう、何の感慨も無く言い放つと、目の前にあった頬が赤く染まった。
いつまでも隣に居られても邪魔なので、後ろで支えるように言うと素直に従った。この素直さを昨夜に活かせと思った。
ご丁寧に用意された食事は、病人用で、粥が疲れた体に染み渡る。量もいつもよりもずいぶんと少なく用意されていたようで、あっという間に消えていった。
緑茶をすすり、一息ついたところで、後ろに声をかける。

「もういい、下がれ」

そう言うも、一向に動く気配は無い。
これは面倒なことになるかもしれないなと予想したところで、後ろから抱き締められた。
嫌な予感ほど、当たるものは無い。

「……先生、俺は」

続きかけた言葉を言葉で制止する。

「不出来な弟子が起こした事柄は、全て師の責任だ。何も言うな、忘れろ」

その言葉を聞くや否や、体を抱く両腕にいっそう力が込められる。息がつまりそうだと思いながら、その腕を振り払おうとするも、上手く力が入らない。図体ばかりが育ったようだ。育ててしまったと言ったほうが、正しいかもしれない。
びくともしないその両腕、諦めかけたところで、左腕だけが離された。そしてその指先は僕の顎を掴み、無理やりそちらに向けられる。
ああ、またか。
健全な朝に似合わぬ不健全な口付けは、昨夜のそれだった。
何かに飢えているのかと思わされるような口付けに、快楽よりも嫌悪よりも疲労しか出てこない。大した抵抗も出来ぬまま、ゆっくりと押し倒されていく体は、昨夜の件で疲れ果てていた。
早く終わればいい、まさか、この続きがあるわけでもあるまい。
その心配が杞憂に終わればいいと願うも、僕はすっかり失念していた。
悪い予感は当たると言うことを。





20101117

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