誘い誘われ 初めて顔を合わせた時から、美しい男だと思っていた。 着飾ればそこらの女よりも美しくなるだろうと、確信染みたものを胸に持ってもいた。 こういう男が居るから衆道に走る輩が出てくるのだろうと、どこか他人事のように思っていたのだが。 それがいざ、女に化けた彼の姿を目にしてみれば、すっかり私はこの様だ。 戯れに押し倒したその姿を前に、クラリと目眩がしそうだと思う。 君が女で無くて良かった。 いくら金を注ぎ込んでも惜しくない美しさは、いっそ罪だ。 誘い誘われ 「戯れが過ぎます」 大久保卿、と、彼は眉一つ動かさずに呟いた。 畳の上で男相手に組み敷かれているとは、とても信じられない冷静さだった。 劣情に身を任せた私とは、相反した様子の彼に、かすかな苛立ちを覚える。 「君は、こう言った事には慣れているのかね」 口から出るのは出任せで、少しでも彼の心を乱そうと、吐いた台詞は下種だ。 そんな私の思惑など見透かしているであろう彼は、その視線をより冷ややかなものにする。 「さあ」 否定も肯定もしないその答えに、まるで掌の上で転がされているような、居心地の悪さを覚えた。 「まさか、身体に聞いて見ろだなんて、無粋なことは言うまいな」 組み敷いた彼の首元に顔をうずめ、咬み付くように口付ける。 白粉の匂いが鼻をつき、花街を思い起こさせた。 理性なんて全て無くなればいい。 そうすれば快楽だけに溺れられるのに。 犬のように唇をむさぼる私の胸板に、とんと手が置かれた。 初めて受けた、わずかな抵抗だった。 いくら刀が無いとはいえ、私など返り討ちにすることなんて彼にはたやすいだろう。それでも彼は、何ら抵抗する素振りは見せず。ようやく見せた抵抗も、抵抗とはとても呼べないようなものだった。 ただの牽制でしかない。 だが、その行動に違和感を覚えた私は、大人しく顔を離すことにした。 目に映ったのは、恐ろしく整った顔立ち。 「大久保さん」 いつもの柔らかな物言いで、彼は困ったように微笑んだ。 悪戯をしでかした子供に言い聞かせるかのように、彼は紅い唇を開く。 「私は貴方の遊びに、付き合う気はありませんよ」 そう言うと彼は、乱れた胸元を整え、身を起こそうとする。 違う。 どうしてか、頭の中にはそんな言葉が思い浮かんでいた。 ここで彼を引き止めなければ、彼を逃がしてしまえば、もう二度と手に入らない、そんな不安に駆られた。 良い言葉など何も思い浮かばず、紡いだ言葉は子供のようだった。 「遊びではないと、私が言ったら」 その言葉を聞いた彼は少しばかり目を見開いてから、小首を傾げた。 そしてゆったりとした動作で、私の唇に指先で触れる。 それ以上は言わないでくれとでも、言いたげな表情だった。 憂いを帯びたその表情すら艶めかしいものに見えて、私は息をのむ。 そんな私の様子に気付いたのか、彼は眉をひそめてから、唇だけでこう言った。 『こまったひと』 そして唇に触れられた指先は、そっと手招くような仕草をしたものだから。 後は全てが夢の中。 20101107 |