二月十三日







二月十三日





「はあ、甘い物ですか」

縁側で茶をすすりながら、小五郎は不思議そうに首を傾げた。
その目の前では、大久保さんがこれ見よがしにうろうろと庭の軒先を歩き回っている。きっと彼の視界には、小五郎の隣で同じく茶をすする俺の姿なんて目に入っていないのだろう。茶請けに小五郎が用意した豆大福を頬張りながら、俺は傍観者を気取ることに決めていた。

「ああ、そうだ。どうも最近、甘い物が食べたくてな」

そう言って大久保さんは腕を組んでいるが、きっと彼が言う「甘い物」とは、俺が口にしている豆大福などでは決して無いはずだ。
先日、未来の風習であるばれんたいんとやらを、大久保さんも小五郎も俺も耳にしたばかりだった。二月の十四日に未来では、好きな相手へ貯古齢糖を贈るらしいのだ。そんな風習があると聞いて俺も驚いたが、それよりも驚かされたのは、それを耳にしてからの大久保さんの行動だった。
彼の願いも想いも何も知らぬであろう鈍感な幼馴染は、悠長に茶をすすってから、平然とした顔で言い放った。

「それを言いにわざわざ、毎日のように長州藩邸まで足をお運びになられてるんですか?」

ばれんたいんの風習を聞いたその日から、毎日のように足しげく、大久保さんは長州藩邸へと通い詰めていた。そうして小五郎の前にふらりと現われては、やれ甘い物が食べたいだのとしきりに呟いていたのだ。
これでもう、五日ほど経ったかもしれない。
初めは小五郎も、訪れた大久保さんを丁重に扱っていたが、五日も経てばすっかり慣れたのか。客人に茶も出さず、自分だけ茶をすすっている。
暢気なものだった。

「ええと、特に十四日に食べたくなると、言うことでしたよね。何かあるんですか?」

その言葉に大久保さんの足がピタリと止まった。こちらから表情は見えないが、きっとその表情は苦悶に満ちていることだろう。どうやら未来の風習は、すっかり小五郎の頭から抜け落ちているようだった。

「あ、ああ。その日じゃないといかん」

その人にしては珍しく、口調は弱かった。
いや、いつものあの強気な態度はどこへ行った。アンタのおかげで休憩時間が伸びるのは嬉しいが、こうも毎日、すれ違いの行き違いを見せつけられるこっちの身にもなってくれ。
何だかやりきれない想いを胸に秘めつつ、俺は無言で豆大福を頬張る。

「そうですか、それは、困りましたね」

困らせてるのはお前だと、今にも口から出そうになる言葉は、豆大福と一緒に飲み込んだ。どこの誰が、秘めた心を統べる策士だ。鈍感の石頭がぴったりじゃないかと、隣で思った。

「ええと、十四日と言うと、もう明日ですか」
「うむ、明日だな」
「そうなると明日は丸一日、茶店にでも行かれるのですか?」

どこの誰が茶店で一日中、菓子を食うというのだろうか。
それも大の男だぞ、よく考えろと、小五郎に言い聞かせてやりたくなる。そして大久保さんも、いい加減にこの鈍感さを理解して、ハッキリと言ってやるべき頃合いだ。
するとその思いが通じたのか、彼はあらためて小五郎の方に向き直った。
そう、それでいいんだ。さっさと思いの丈をぶちまけちまえ。

「……桂君」
「はい?」
「明日も私はここに来る。だから君に、これを渡しておこう」

そう言って彼は小五郎に、小脇に抱えていた包みを渡した。おそるおそると言った様子で開く小五郎の手元を、俺はそっと覗き見た。
なんだなんだ、恋文か何かかと目をやる俺の頭上から、先程よりはいくぶんか強気な声が降って来た。

「貯古齢糖の材料と、その作り方を書き写した紙だ」

そう言ってどこか晴れ晴れとした様子で、大久保さんは背をくるりと向けて立ち去ろうとする。小五郎はと言うと、俺と一緒になって、呆けた顔でその背中に視線を向けているだけだった。
違う、アンタが頑張る所はそこじゃない。
貯古齢糖の材料を準備する前に、コイツに伝えることがあるはずだった。少なくとも、俺には通じたが、小五郎には通じていないのは確かだった。と言うか、言えよ。
もどかしさを感じる俺の横で、小五郎は膝の上の貯古齢糖を不思議そうに見つめていた。そしてそれを脇にどけたかと思うと、腰掛けていた縁側から立ち上がる。

「大久保さん!」

そして小五郎に呼び止められた彼は、驚いた表情でこちらを振り向いた。かく言う俺も、珍しく声を張り上げた幼馴染の姿に驚いていた。
やっと、彼の思惑に気付いたとでも言うのだろうか。
そして小五郎は大久保さんに駆け寄ってから、小首を傾げるようにして、彼にこう、問うた。

「貯古齢糖のお礼に、豆大福でも、いかがですか?」

ああ、駄目だこりゃ。
その後、幸せそうに小五郎の隣で豆大福を頬張る大久保さんの姿に、なぜか俺の方が気落ちするばかりだった。





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20110214

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