やさしさ
コーザの手当が済み、一息ついたところで着替えを勧められたビビは処置室をあとにした。
先を行く小さな背中の後ろには彼女の父親に任されたペルがつき従っている。
まだしゃくりあげている少女の歩調に合わせてゆっくりと長い廊下を歩いていくと、弱々しく俯いていた子どもからとは想像もつかない程の大きな声が発せられ、辺りに鳴り響いた。

「女の子なんかに生まれたくなかった!王女になんてなりたくないのに!」

興奮が冷めきらず泣き止まない少女を後ろから見つめ、ビビ様、とためらいがちに声をかける。
周りの大人たちから慰められ、怪我をした当の本人からも心配するなと言われても、まだ納得できないことがあるらしい。
仕様のない話かもしれないが、いつもは闊達に振る舞う王女がこうも打ちひしがれている。
王やコーザが聞いたら何と言うか。考えただけで、きっと困ったことになるだろうと予想がつく。
もちろん、彼らが王や民としてではなく、父として友として彼女の発言に大騒ぎするさまがペルの頭に浮かんだからだった。
ただ、あなたが王女だからではありませんと言ってみても、今のビビにうまく伝わるかどうかはわからなかった。
それでも彼女の優しさが別の方向に傾いてしまうのはよくない気がして、彼は再び口を開いた。
例えばの話ですがと前置きをすると、涙を流しながらも耳を傾けてくれる様子なのでその先を続ける。

「例えば、私が悪魔の実を食べていなければ、私はどうなっていたでしょうか」
「…?」

唐突な質問にビビは歩みを止め、高い位置にあるペルの顔を見上げた。
すると目線を合わせるために屈んだ彼の大きな手がかざされ、止まらない涙が指先で拭われる。

「今のように空を飛ぶことはまずできませんし、たぶん、兵士にもなっていなかったでしょう」
「……」
「例えば、私がまだ幼かった頃、父や母が事故に合わなければ、やはり今の私はここにはおらず、きっと海の上を行き来する船乗りになっていたでしょう」

護衛隊副官である隼の姿しか知らないビビには、たとえ話に出てくるペルがどうしても想像できない。
ぐっと唇を噛み締め、これ以上涙がこぼれるのを堪えるように瞳を見開き、ペルから話される不思議な物語に意識を集中した。

「まったく有り得もしないことではありませんよ。事実このアルバーナにくる前までは、今のような人生を歩もうとは少しも考えていませんでしたから。
海を渡って色んな国に行き、色んな人と出会い関わって年を重ねる。
確かに今現在も沢山の人と関わってはいますが、海に出ていれば王やビビ様、コーザたちとも違う別の誰かと共に過ごしていたでしょうね」
「そんなの...でも...」
「それに運良く今こうして元気に生きていますが、いつどのように死んでいたかもわかりません。ほんとうに思いも寄らないときにです。両親がそうでしたから」

死という言葉を聞いてビビは身を震わせた。堪えていた涙がまた溢れてきそうで思わず上を向く。
自分のために死ぬと言われることは本当に怖いことだったが、自分の知らないところで知らないままに大切な誰かが死ぬだなんて想像すらしたくない。
どうして、何でそんなことをペルまで言うのかと責めたかったが、何故だかうまく声にできずに言葉の切れ端しかつぶやけないでいた。
それでもビビの小さな声はしっかりとペルの耳に届いていた。
そういうことですよ、と微笑んで、もう一度少女の柔らかな頬にこわばる涙を拭う。

「あなたはあなたなのですから、生まれたくなかったとかなりたくないとか、あまり仰らないで下さい。皆悲しみますから」
「......うん...」
「ただ、どうしても辛くなったら今みたいに、誰か...私でもいいし、お父上やイガラムさん、チャカやコーザに話してみてください」
「......でも、皆が悲しむんでしょ...?」
「あなたひとりで悲しんでいるよりずっといいです」

きっと皆そう言うはずだから。
やっと笑ったちいさな少女に穏やかな笑みを返しながらペルは立ち上がった。


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