いつか超えたとき(ヘルメッポ、コビー)
おれの親父の親父もさ、まあじーさんなんだけど、そのひとも海兵やってたんだと。会ったことないけどよ。
東の海のさ、おれらが居たとこよりもっと田舎もクソ田舎の駐屯地でさ、おれらと同じくらいの歳に入隊して、死ぬまでずっとそこの所属だったのよ。死ぬって言ってもアレだよ、殉職じゃねえんだわ。過労とかなんとかで…なんだっけあれ、急に心臓止まるやつ。まあ死ぬんだから当たり前か。とにかく、五十四、五の頃に、まだ若えのにぽっくり死んじまったんだと。
その頃親父、まだ十代でさ、遅くに出来た子だったんだな、すっげー親父のこと…ああ、じーさんな、憎んだらしくて。あ、これ全部おれのかーちゃんがばーちゃんから聞いた話なんだけどな、そんで、あー、なんだっけ…そうそう、憎んでたのよ。
だって、東の海の海軍支部の駐屯地でさ、少尉だよ、少尉。四十年近く海兵やってて、支部少尉止りって、なあ…しかも最期だって別に戦って死んでったわけじゃなくて、病気だよ。いや、病気で死ぬひとをバカにしてるわけじゃねえけどさ、兵士ならもっとこう…あるだろ、なあ。親父もきっとそう思ったんだろうな。
そんで、じーさんな、その年ってのがえらい荒れた年らしくて…違う、じーさんが荒れたんじゃなくて海がだよ、バカ、考えりゃわかるだろ。か・い・ぞ・く・!なんかすげー押し寄せてきたらしくて、ド田舎なのに。新しい航路でも見つかったんかな。知らんけど。そんで、不眠不休で巡邏やら何やら…そんだけじゃなくて偉いさんが何かポカしたのを尻拭いしただっか、まあ上からこき使われて働きづめで死んでったの。ひでえだろ。ひでえんだよ。
親父はさ、弱いじーさんが嫌いだったわけ。それはおれも何度か聞いてんの。あいつは駄目だ、弱い男だ、弱いから偉くなれねえ、地位も築けねえ、ってさ。まあ間違っちゃいねえけど、そんでもよ、じーさんも頑張ってたと思うのよ。でも親父はそうは思えなかったんだろうな。いや、自分も海兵になってさ、おんなじ訓練とか任務をして、おんなじ苦労経験して、でも親父は、結局大佐にまでなったじゃん。だから?なのに?なんであいつは、少尉なんかで、って思ったんだろうよ。
世の中称号がすべてってのが口癖で、うちの親父、しょっちゅう言ってたわけ。それこそおれがガキのころからだよ。親父が…あーめんどくせえな…じーさんがさ、こき使われて死んでんの見てっから、偉くなんなきゃ生きていけねえとでも思ったんかな。偉くなりゃあ、んな顎で使われるようなことないだろ、無茶させられたりよ。上官命令って絶対だし、そう、だから偉くなりゃいいんだって思ったんだろうな。バカだよホント。
でもさ、親父も結局、憎んだっつーより悔しかったんだと思うのよ。今思うと。今だからわかるっつーの?親父がわかってるかわかんねーけど。なんだかんだ言っても自分の親父じゃん。弱かろうが情けなかろうが少尉だろうが支部だろうが、自分の親父に変わりないじゃん。悔しかったんだよあのひとは。

「…ヘルメッポさん、疲れてるでしょう?」
「ひえっひえっ、んなわけねーよ。おれちょーご機嫌だから」
「でも、あなたがお父さんの話をするときって、大抵ものすごく疲れてるときです。もう寝た方が…」
「うるせー大佐、あんな犯罪者の話なんかしてねえよ。おれのじーさんの…まあいいや、なんでもいいからもちょっと付き合え」

祝いの酒をしこたま飲んだヘルメッポは、確かに上機嫌でスルメを齧っていた。咥えていたそれを時折指揮棒みたいに振り回し、調子っ外れな歌をがなったり変な笑い声を上げたり。笑い声はいつも通りか、と苦笑したコビーがコップを傾ける。彼のはただのオレンジジュースだ。

海軍本部、ヘルメッポ大尉が少佐になったその日は、彼が支部大佐の父を超えた日でもあった。コビーはそれに気づいていた。おそらくヘルメッポもまた気づいているのだろう。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -