甘くない(ストロベリー)
性に合っているのだ、と思う。
緻密な計算と繊細な配合。作業にも時間にも正確さが求められるが、彼はそのどれをも完璧にこなす。
単に好きなのだ、とも思う。
ほんの少しの匙加減で決まる出来不出来、いや、そもそも不出来になることなど無いに等しいのだが、元来結果よりも過程に重きを置く彼にはこれが面白くて仕方ない。とは言っても決して結果をないがしろにしているわけではない、きちんと順序立てて行えばそれ相応の結果が伴うというのが彼の持論で、つまりは「当然の結果」というわけだ。だから、出来上がってしまえば彼は途端に無関心になってしまうのだが。

「今日は誰かの誕生日か、それとも昇進祝いか何かか…?」

おそらくそのいずれでもないことはわかっていたけれど、呼ばれて同僚の部屋を訪れたオニグモはそう声に出さずにはいられなかった。案の定モモンガは苦笑して首を振るし、ヤマカジは己の執務室のデスクを眺めていつものやつだ、と愉快そうに笑う。彼の目線の先にあるのは、真っ白い生クリームの上にきらきらと艶のあるオレンジやキウイ、イチジクにブドウ、イチゴの代わりにチェリーが飾り付けられた、かなりのでかさのホールケーキ。いつものやつということは、お祝いでも何でもない、ストロベリーがただ持ってきて置いていっただけなのだ。当の本人が既に居ないのもいつも通りだ。

「いつだったか素晴らしくうまいケーキを持ってきただろう。クリームもフルーツも何もないやつ、覚えてるか?」
「ああ、なんとなくな…」
「この間、ただのスポンジケーキがあんなにうまいのなら、デコレーションされているのはもっと凄いのだろう、とこいつが言っていたのは?」
「いや…」

言ったのか、とモモンガに問いかけると、言ったらしい、と肩をすくめる。この間と言っても三ヶ月は前の話だ。覚えていなくともおかしくはない。
どうやらそれを覚えていたらしいストロベリーは、何号とはわからないがとにかく物凄く大きなジェノワーズにクリームを塗りたくり果物をカットしそこらのパティシエも顔負けのデコレーションをして持ってきた、と。そう、これは彼の手作りだ。信じられないことに。

信じざるを得ないのは実際に作っているのを目の当たりにしたことがあるからだ。それはそれは鮮やかな手つきで計量し混ぜ合わせ搾り出しオーブンに入れ、その間に泡立てまた混ぜ合わせ、そうして出来上がったシュークリームを見てオニグモが言った台詞が「これって手作りできるんだな」、だった。店だってひとつずつ手作りだろう、と粉砂糖をふりかけながらいつもの無表情で応えた男は、出来上がったものを一度確認するとあとは急激に興味を失い、ここの、軍の調理場から立ち去った。真夜中にこんなところで一体何を、とはついに聞けずじまいだった。それくらい呆気に取られ、そして見入ってしまったのだ。

単なる趣味にしては凝りすぎているし、そもそも大の男のやることにしては可愛らしすぎる気もする。が、話を聞くうちになんともあの男らしいと結論づけた。飯を作るのとは違って目分量というのはまず駄目らしいし、例えばウエイトを気にして砂糖を減らすとか、工程をひとつすっ飛ばすだとか、それだけでうまく膨らまなかったりまるで別物になったりする、らしい。水滴ひとつあるだけで泡立たない、とボウルを手にして淡々と語る彼を遠巻きに眺め、よくはわからないがとにかくあいつらしいと思った。綿密な計画を狂い無く実行しやり遂げ、終わったあとは海を一瞥してすぐに踵を返す。普段の彼の仕事ぶりでも見られる特徴だ。
だから、特異には違いないが異常とまでは思わなかった。それは本人にも自覚があるらしく、出来上がったものはごく近しい仲間内にしか振舞わない。必然的にこうして中将連中が片付ける。いや、頂くことになる。

「食いきれるのかこれ…」
「だから呼んだんだ、ドーベルマンもあとで来る」
「それでも無理だろ、もっと呼べ」

事務の女たちにくれてやった方がよっぽど喜ばれるだろうに。そうは思っても口には出さず、オニグモは吸いかけの煙草を灰皿に押し付けた。ヤマカジも葉巻の火を消し、モモンガはケトルの湯をポットに注ぎ出す。午後のティータイムの始まりだ。むさくるしいことこの上ないが、買い足される茶葉のグレードを思わず気にしてしまうくらい菓子が極上なことは、この場にいる誰もが知っていた。

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