Wアンカー 運休編 | ナノ






『そんなつもりは無い』

医務室の前を通り過ぎた瞬間、聞き覚えのあるその人物の声。
パタパタと揺らしていた緑の制服を羽織る彼は、その足を止めおもむろに扉へと近付いた。


「お前さんの言葉は信用性が無い」

『自己管理は出来ている』

「出来ているならば何故こんな数値が出る!」


続けざまに紡がれたそれはパコン!と気の抜けた音。
発砲シチロールだろうか?重みのないそれは、痛みらしい痛みを感じさせない。

声から聞いて駅長代理のジンとサブウェイ専用ドクターのゴサクの2人らしい。
此処サブウェイには専属のドクターとナース数人が配属されている。勿論ポケモンバトルの腕もピカイチであり、チャレンジャーの実力を計るためにとバトルへとかり出される時があると聞く。
実際はドクターやナースが乗っている車両はスーパーの付くトレインや、連勝を重ねるトレーナーの前にしか現れないのは一部の従業員と本人達しか知らない。そう言った車両にしか乗らない理由は常に此処医務室で別の仕事に追われている、叉は緊急患者の出やすい一般車両へと駆けつけやすくする為だ。
何よりチャレンジャーとのバトルで技の余波を受けた従業員を直ぐに診る事が出来る。ギアステーションが閉まるギリギリまで居る事があると聞く。


狂った荒々しい天気は、やっと落ち着きを見せたらしく今や小雨を降らせる雨雲を残すだけ。しかしだんだんと冷え込みを感じてくる辺り、雨が雪へと変わるのは時間の問題だろう。

更に規制されたトレインが走行する本数は減ったものの、緩みだした天気に不安がっていた利用者の雰囲気が少しばかり和らいだ様子。何より出払っていたバスやタクシーの回りも良くなった為、駅内部がピリピリとしたものが薄らいでいくのが感じ取れる。

修復作業に呼ばれた業者や駅員達は、今もなお慌ただしく走り回っておりジンの姿が見えない事からひっそりと病院へ搬送されたのかと囁かれていたが違ったらしい。
サブウェイ専属のドクターの元にいた。


「だからあれほど従業員達とコミュニケーション取るようにしろと言ったではないか!
少し改善されていれば渡ってくる書類の量も減らすだろうし、お前さんが残業し何徹もする必要は無くなる」

『私は聞いていた話しと違っていたから素直に呟いたまでだ』


呆れたため息が扉越しに伝わるのが分かる。
ドクターが駅長代理に何かしらの件で不満があるらしい。しかもそれが日頃自分達がジンへと渡す態とらしい膨大な書類の山が原因と見える。


「まだ公式のサブウェイマスターと駅長が決まってない中、お前さんまで倒れ込んでしまっては意味が無いぞ」

『なんども言わせるな。自己管理は出来ている、だからこそ今まで普通に仕事していただろうが』

「前より数値が悪く成っているんだこの馬鹿者!」


ビリビリリ。
怒鳴り声が壁、扉を突き抜け聞き耳をたてている彼の肌を刺激した。
今日のドクターはゴサク。
ドクター歴も長く様々な怪我や治療の対応が早く、従業員達に一目置かれているベテランドクター。普段は温和な彼を此処まで怒らせるトレーナーなんて早々居ない。
だからこそドクターのめったに見れない一面と共に、まるで疲労感を見せないジンに一部の間では駅長代理はアンドロイドでは?説が彼の中で消えた。(まぁ、今回の右腕義手破損の件でドクターの元に来ている事を知らない従業員は、更にアンドロイドだと騒ぎ立てるに違いないだろうが)


「最近タバコの本数も増えているし……お前さん組み合わせが可笑しいぞ?」

「(組み合わせ?)」



タバコを吸う事はあまりよいものではないと誰もが知っている。
人間だけではなく、ポケモンにも何かしら被害が及ぶと学界からの発表で販売されるタールやニコチンの度数を押さえていると聞く。
何より人体への悪影響しか表さないタバコはあまり売れない。それを吸う本数が増えているとは……。


「過剰に摂取しているため肺の中真っ黒な癖に肌荒れして居らんわ、下痢嘔吐も無い」

『肺以外見事な健康体じゃねーか』

「血糖値が平均の二倍も高い辺りどこが健康体だ」


血糖値ぃ?!!


思わず彼は吹き出そうとする口を慌てて止めに入る。
まさかの血糖値。

血糖値ってあれだよな?糖分やコレステロールの取りすぎなどで上がるあれだよな?
最近のテレビでヒウンの会社で働く社員達の血糖値が高く〜といったテレビ番組を見たことがある。
確か会社の付き合いでの飲み会や、OLがストレス解消のためにスイーツ食べ歩きなどしていると言う内容だったか……。

よく考えれば駅長代理とは言えジンは高い位に立つトレーナーだ。高給取りと言われても可笑しくない収入だろうから、その収入で美味いもの食べているのかとも考えた彼だが………


『仕方ねえだろ。どれもただのグミにしか感じられねぇ』

「味覚の問題だと言えど、調味料を掛けすぎているんだよお前さんは」


「(ああ、そっちのか)」



よくよく考えればジンはジョウト地方からやってきたトレーナー。
海を越えて遠く離れたこのイッシュ地方での味の違いに、味覚が合わなかったのだろう。偶に地方からやってくるお客さんが地元の味が恋しくなると言っていたが、つまりはそう言う事なんだろう。

「お前さん料理作らんだろう。もしかして外食ばかりか?」

『外食に間違いはないが、レストランみたいな店じゃない。何より私の体調に合わせた物を作ってくれている』

問題は無い。
その答えに再び重いため息が零れるのが聞こえた。



「とりあえずだ。お前さんは今右手が使えん状態だろ?ならばなおさら安静にして、体に負担をかけるな」

『は?今更なんで』


「古傷開きかけている」

お前さんそうとうむちゃに動き回ったいた様でなーー



………古傷?
古傷って一体なんの……?
気になった彼は更に聞き耳立てようと、扉へと耳を傾ける。が、その瞬間だ。
逃がさんばかりと言えよう何かが、いきなり彼の肩を掴みだした。
ギリギリと食い込む何かに彼はヒッ!と小さな悲鳴を上げてすぐさま振り返る。
お化け!
と脳裏をよぎったが、視界に捉えたそれはお化けでも何でもないただのナースだった。


「あ、れ?」

何だ。ナースさんか。
バトルサブウェイに参加すると共に、ドクターのサポートに回る人物でも有るため彼女達も一目置かれている。
が、バトルサブウェイに所属するナース達は癖のあるトレーナーが多い事も有名でーー



「お注射ですか!」

「は?」


扉の前にたっていた彼を見るなり瞳を輝かせたナースは、目にも止まらないスピードで扉を開けすぐさまその体を医務室へと投げ込んだ。
書類を持っていた彼は見事に転倒。
書類をぶちまけてはべしゃりとスライディングしてみせると、室内にいたドクターが驚きの声を上げる。


「急患か?」


慌ただしく立ち上がったドクターだが、現れたナースサイズニーにまさかと口元を歪ませる。
そんなドクターゴサクを無視するように、ナースのサイズニーは近くに置いていたカートを引っ張り出した。

「ドクター患者さんです!注射しましょう!」

「注射しましょうじゃないサイズニー。また勝手に引き連れて来たな」


癖のあるナースその1サイズニー。
可笑しい性癖の持ち主で、ドクターゴサクのあつい信頼を得るものの注射マニアと言う危ないベテランナースだ。
医務室の前を通る度に従業員達を悉く扉の向こう側へと飲み込んでしまう恐ろしいナース。

腕はいいのだ。ナースとしての。
しかし人間として終わっている危険な人物。二言目には必ず出ると言っても可笑しくない注射と言うセリフは、入社したばかりだけではなく長く勤務するベテラン従業員ですら悲鳴を上げて逃げ出す位の人物だ。

嫌な汗が伝う。
早く逃げろと脳内に響き渡る警告に、体が言う事をきかない。
倒れ込む駅員の様子からしてこれといった外傷は無い。


「サイズニー、これを元の場所に戻してきなさい」

「えー」


注射したいです。
まるで駄々っ子のように唇を尖らせる様子は可愛らしいと抱くもの。だが、残念ながらその唇から吐き出されるセリフは恐怖を沸き立たせる塊でしかない。


ガタリとどこからともなく椅子を引く音が聞こえる。同時に動き出した気配に釣られ、見上げた先には黒い影。
前髪に隠れた右目。故に今は隻眼状態。不機嫌なのだろうか歯を覗かせたその存在に背筋を伝う汗を冷たく感じた。


『私は失礼する』


目を合わせることなく、座り込む駅員の横を素通りしたジンは流れる様に左手をポケットへと伸ばした。それに気づいたドクターはステーション内は禁煙だ。とその背中へと投げてやるも、流すように伸ばしていた左手を振る。その手にはしっかりと捕まれているタバコが瞳へと映し出す。

タバコを指の間に挟んだまま器用に扉を開けたジンは、何も言わずにそのまま医務室から立ち去った。

閉められた鉄の扉がガチャンと鳴り響く。こだまするようにじわじわ広がるそれは、医務室内へと広がり散って行くのがわかった。

相変わらず人の言葉を聞かない。

そう呟いたドクターは、机の上に広げていた何かをかき集め束にする。そして紺色のファイルへとしまい込む様子を駅員は静かに眺めて居た。


「サイズニー、今の駅員達は忙しい。注射は後にして貰いなさい」

「後っていつですか?」

「後は後だ」


今は皆忙しい。

どういった意味を含ませた言葉なのか。他にも広げていた書類を集めてはファイリング。あの書類はこっちで向こうの書類はあれだと独り言を零すドクターに、ナースの背中はどこか寂しそう。
言葉の理由を悟った彼女、渋々と言った様子で小さな返事をし引っ張り出したカートを元の位置へと戻して行った。

ひとまず注射の危機は乗り切った。
胸をなで下ろし安堵する彼だが、ドクターゴサクが束ねている書類を見てふとした疑問が浮かび上がる。


「ドクター、聞いても良いですか?」

「なんだい?」


自身もぶちまけた書類を拾い集めなければと思うものの、一度抱いた疑問が気になってしかない。書類を集めるのは後、彼はへと向かうドクターへとそれを投げかけた。「駅長代理の古傷って、なんですか?」

「あぁ、お前さん聞いて居たのか」


束ねた紙を揃えるようにトントンと音を鳴らす。
それを脇へと置いてはドクターは別のファイルを手に取る。


「どう言った状況でついたか私もよく知らないが、本人曰わく旅の途中でやらかしたものしか言わん」

それが開きかけている。と言うだけ。
全く、自己管理できているのなら何故開きかけているのやら……

ぶつぶつと文句を垂れるドクターに、彼はそうですか。としか返せなかった。

旅の途中。

つまりあのジンが、各地を旅して廻るトレーナーと同じ事をしていたらしい。
10歳になった子供は旅に出る事を許可されている。ポケモンを持つ事は自由だが、10歳にもなっていない子供が旅に出る事は許されていない。なにぶん旅には危険がつきものである。それらに対処出きるようにスクールで勉強し、スクール卒業後の年齢10歳で旅立つ事が出来るのだ。

つまりあの年中無休イラついているイメージのあるジンが、初々しくポケモンと共に旅に出たと言う事になる。

想像できない。

むしろ怖い。


どんな古傷なのかはわからないものの、あのジンの事である。相当無茶な事をしたに違いない。イメージするにポケモンの噛み傷だと勝手に考え決め込む。

古傷が開きかけている。

実際に自分は話を又聞きした状態なため詳しくは知らないが、水漏れした線路内の壁を塞いでは鉄砲水に飲み込まれ落ちた子供を探し回ったと聞く。

長時間水に浸かり動き回った。
傷に響くのは当たり前。

ドクターが安静にしていろと言っていたが、あの人の事だきっと知らぬ顔で作業するに違いない。

何か、自分に出来る事は………



「………!」



影がさしかかる。

顔を上げれば、書類をこちらへと差し出すナースの姿が映り込む。彼女が集めてくれて居たのだろう。彼はありがとうございます。と一言述べてはそれを受け取る。
同時にドクターが腰掛ける椅子が小さな悲鳴を上げた。


「言っておくが駅長代理の事を深く考え、追求しようとするな」

「…………?何でですか」



再びため息が零れる。コイツわかっていないのかと言わんばかりの感情の色を感じた。









「ジンさんは仮の上司。

いつギアステーションから離れても可笑しくない人間。そんな人間の過去を深く検索したところで」





何になる?
















言い返す言葉が出ないのは当たり前なのだろう。

当たり前。

そう当たり前


ドクターの言うことは正に正論だった。あの人はサブウェイマスターと駅長が就任するまでの空席を埋めているに過ぎない人物。
此処の正式な駅長でもない代理としてジョウト地方からやってきた臨時の存在、それに見合う人材が此処へと配属されればジンは用済みとなる。

いつ離れるか分からない駅長代理ジン。

親しくなっては仕事をスムーズに…!と言える相手ではないのだと今になって改めて彼は思った。


「……………」


ジンが早くジョウトへと戻る事を願うのは、此処の従業員大多数が抱く願望。
だからこそ、この問いに、彼は納得する筈なのに…………




胸が痛むのは何故何だろうか……。














120828


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