『まるで強制の様な言い方だな?』
椅子に深く腰掛け、あるメーカーが出している煙草をくわえる。ライターから吹き出た小さな火を先端につければ、瞬く間に紫煙が生まれ登ってゆく。制帽をかぶり直し肺を一周した煙を吐き出せば、間違えてそれを吸い込んだ男性がむせる。
「先日、シッポウ博物館で起きた強盗事件。あの件にあなたが関わっている可能性があると我々警察は見ています」
『強盗野郎を手引きしたと?』
「其処をはっきりさせたく、あなたから色々事情聴取をしたいのです」
ジンの向かい側に腰掛けた男女。着込む黒いスーツはブランド物か、埃一つない。が、ジンを見つめるその眼差しは厳しく、視線を逸らす様子が無い。
「先日の強盗集団、あれがポケモンハンターによる犯行であると、ニュースでご覧になりましたよね?」
『ニュースなんざ興味ない』
「博物館を襲撃した犯人達が、壊れた監視カメラに映っていたのです」
視線は未だに逸らさない。ジンの僅かな異変や変化を逃がさない為にとしているのだろうが、そんな事なんてどうでもよいと言わんばかりに再び煙草へと口をつける。
「犯行グループは既にカメラ設置箇所を把握していたらしく、画像データが残らない様にカメラを潰して回っていたみたいです」
「ですが、その中の一台だけがまだ機能していたのです。瓦礫には埋まってましたが、その隙間から一部通路を映し出していました」
『そこに私がいたと?』
「映像データは破損箇所も酷く、ノイズ混じりでしたが人の後ろ姿を録画してます。正確にあなただとは言い切れませんが、あなたらしき人物ではないかと睨んでいます」
「イッシュにはジョウトやホウエン等の海外から移り住んだ方が数多く存在します。しかし、長身で毛先が脱色した人物などそうそういませんよ?」
どの様なアングルだったのか?それはわからないものの、ジンの特徴である髪の色。上手い具合に脱色した色合いは、そういるものでは無い。
たったそれだけの情報で、何千万の人の中からよく見つけ出したもんだと目を細める。
「今回の事件に巻き込まれた博物館入場者及び博物館関係者の方々には、既に聴取済みです」
「そして一番に被害を受けた化石復元チーム担当のキュウさんにもお話は聞きました。しかし、事件のショックが酷く記憶が所々抜け出るとかで上手く聞くことは……」
『だからなんだ?仮に私が関わっていたとして、お前らに無償で情報提供するとでも?』
再び紫煙を揺らす。先程一本出したばかりだと言うのに、ジンは二本目の煙草を取り出し無言で火をつける。
白い紙と共にじりじり焼かれていく葉っぱの姿を晒す。
まるで自分は関係ない。
と言いたいのだろう。どうしますか?と視線を泳がせた後輩に、彼女は睨みを利かせ再び紡いだ。
「ジンさん。私たちは警察です。
残されたデータの分析を行い、其処に映っていたのがあなただと確証した場合。重要参考人としてあなた宛てに、警察署での取り調べして頂く令状を出す事だって可能なんですよ?」
強気の発言。
そこまで発言する意味。瓦礫に埋まっていたカメラに、はっきりとジンの姿が映っている事を示している。
此処で白を切って彼等を追い返した所で、言葉通り令状を持ってきてジンを警察署へと連れて行き白を切った理由まで問われるだろう。
ジンが不利になる事に変わりは無かった。
『…………ハッ』
なのにも関わらず、ジンは笑った。
見下すかのように、鼻で笑った。細められた隻眼が2人の刑事を笑い映していた。
男性の眉がピクリと動き、僅かに腰が浮く。も、隣に並ぶ女性が静かに制しては何か?とこぼした。
『令状?この私に?ハハッ、流石イッシュ地方、ジョークが面白い』
「残念ながらその様なつもりは御座いませんが」
『それこそ残念ながら、だな。てめーらが私宛てに持ってこれる紙なんぞせいぜい謝罪文がかかれた紙っきれだよ』
「……なにをっ!」
「駅長代理、失礼します」
2ノック後控えめに投げかけられた言葉に、すぐさま駅長室内は静まり返った。
一拍、入れ。
と、ぶっきらぼうに返された事により、訪れた駅員がドアを開け室内を僅かに覗き込んだ。
「あの、駅長代理にお客様が」
『ああ、そのまま入れろ』
「でも、他のお客様がいらっしゃるのでは……」
「失礼する」
駅員を押し切って入ってきたのは一人の男だ。少し痛んだブラウン色のコートを揺らす。鋭い表情を浮かべ、彼は入ってきた。
「お話中失礼します。私、国際警察のハンサムと言います」
国際警察。その単語を聞いた2人の刑事は顔が真っ青になる。同時に慌ただしく立ち上がったては、ハンサムと名乗る男性へと敬礼をした。
「お疲れ様です。ライモン警察テロ対策本部刑事のキオです」
「ああ、本部から話しは聞いている。此方に事件に関わったとされるトレーナーが……!!」
敬礼する2人の刑事から視線を逸らしたハンサム。その顔が驚愕のものへと移り変わった。
どうしたのか?首を傾げた2人の刑事をよそに、蚊帳の外にいたトレーナーがクツクツと笑った。
『よう?ハンサムじゃないか、わざわざイッシュ地方に来るなんざ、国際警察は相変わらず無能らしいな』
「っ!?」
トン、と軽く煙草を叩いては余計な物を灰皿へと落とす。長い足を組み再びそれをくわえたジンは、歪んだ笑みを浮かべる。
『胡散臭さは変わらないな?今回もどこぞの餓鬼と手を繋ぎ、犯罪者を追いかけっこか?』
「馬鹿な、何故お前のような奴が此処にいる。此処はイッシュ地方だぞ」
『オウム返ししてやるよウンコクサイ警察ハンサムさんよ。此処はギアステーション内部の駅長室、其処に座る私。見りゃ分かるだろ?』
「ジンさん!あなた先程からなんて言葉を…!」
「君は黙っていてくれ!」
ジンの言葉に黙って居られなかった男性が割り込んだ。しかし、それを止めたハンサムに2人は疑問を抱かざる終えない。
嫌に静まり返った駅長室の中、ハンサムは深呼吸しジンと向かい合う。
「ジン。ポケモンハンターが博物館を襲い、展示品や一部研究資料が奪われた。その件にお前さんが関わったいると我々警察は見ている」
『先客殿から聞いたさ、で?』
「……………任意同行願たい」
苦味噛み締める表情だった。ハンサムはソファーに深く腰掛けるジンへと言葉をかけるも、隻眼は細く染められ犬歯が姿を晒した。
『一昨日来やがれ』
ガタンと大きな音が成る。
同時に、止めなさい!と止めにかかる声は甲高かった。
若い男性刑事が、相棒の女性とハンサムによって押さえつけられる。
ギリギリと激しい歯軋りはジンの耳へと届く位。
紫煙を零し、短くなったそれをミシミシと潰し込んだ。
『青二才が、この程度で手を出そうとするな。場合によってはてめーはそのポジションにいられなくなるんだぞ』
「ジンさん!」
『教育不足だな。訓練校から出直してこい』
「あんた!駅長代理だかなんだか知らねーけど、こっちには確かな証拠が残ってるんだ!ふんぞり返ってるその面に令状をー」
今にも殴りかかるかのような形相。荒々しいその言葉に、怯む所かジンはカラカラと笑い出した。
『令状?ああ、警察が裁判所に縋りついて貰うあの紙きれか』
マズい。
ハンサムが目を細めては、彼を引きずり出口へと向かった。
「っ!ジン、我々はここで失礼する!」
「ちょっ!ハンサムさん!自分はまだっ!」
『私に令状は出ない』
小さな呟き。刹那、駅長室内部は静まり返る。
目を見開いた2人の刑事がジンを映し出し、何を言っているのだと唖然とする。同時に彼を掴んでいたハンサムが、小さくやめろ。と呟いた。
ジンの耳はそれを拾い上げるも、関係ないと言わんばかりに願いを踏みにじる。
『警察だろうが何だろうが、お前達がポケモンを使っている限り私に何を言おうと無意味だ。
面に令状を叩きつけるだ?ならば、腰元にあるボール捨ててから持って来いよ』
「あなた、……なにを言っているの」
『イッシュ地方はポケモン協会の管轄内である事を知らないのか?ポケモンを相手とする仕事、パートナーとしてする仕事、その能力を使用する仕事。ポケモンそのものを使う場合、必ず協会からの公認を貰えないと許されない』
『協会は、お前達がボールを持つ事を承諾した。だが、承諾したと同時に、お前達は協会側の言う事を絶対的に守らねばならない。』
『何故?そんな面してるな。知らなかったろ?こんな話し』
お前も昔は知らなかったもんな、ハンサム。
乾いた笑み。苦味噛み締める彼は何も言わない。
『躍起になっていた昔のお前は、素晴らしく滑稽だったよ。あの時は随分と腹抱えて笑わせて貰ったよ』
「ジン!これ以上は…!」
『ポケモン協会会長直々公認トレーナー』
目を細めるジン。唇に挟まれた小さな包みが揺れた。
ハンサムが首を振り、ジンの変わりにと言葉を続ける。
「ポケモン協会会長が最強のポケモントレーナーだと認めた者の事を指すんだ」
「認めた?」
「各地方に数人しか存在しない。此方で有名なトレーナーはチャンピオンリーグの長、アデクさん」
「えっ?!!」
「ジンは、それと同じ地位にいるトレーナーだ」
同時に、
「ポケモン協会会長の直ぐ隣に立つ存在でもある」
その存在にむやみやたらに手を出せばどうなるか?否、手を出す以前の話しである。円の様に取り囲む影がそれを許すか?
もし、それができたとしても、協会は黙ってはいないだろう。
ポケモン協会は様々な企業と提携している。テレビ、新聞、ラジオなど様々なメディアを使い、彼らに圧力をかけるのは目に見えていた。
会長自ら見極めた優秀なトレーナー。となれば数は少ない。その程度でやっと見つけ、此処まで育った花を失う訳にもいかないのだ。
『私に令状を持ってきたいのならば、会長から許しを貰ってきな』
協会会長の公認トレーナーの数は10にも満たない。その一つを失う可能性があると来れば、上は全力で元となるそれを潰し白紙へと変える。
それが今のジンの状態だった。
裁判所に令状を貰うにも、そのトレーナーが協会会長の公認トレーナーだった。
そんなトレーナーに易々と令状なんて書けない。先ずは、その人物の上にあたる存在に承諾を得ないといけない。が、結果は目に見えている。
却下。
どうしても令状が欲しいのならば、ボールを捨て人間だけで構成された組織でなければならない。
ポケモン協会はポケモンを使った組織、機関、企業全ての上に立つ存在なのだから。
それを無視できるのは、ボールを一つも持たない別の組織。
2人の刑事にはそれができない。
彼等が所属する警察署全ての人間が、ボールを捨て人間のみの企業だと立たない限りは。
知らなかった。当たり前。こんな事初めて聞かされた。同時にある事を抱く。
これではまるでジン達が悪行を許されるではないか。
許され黙認出来る立場に居るのではないか。
女性刑事の中で何かが凍り付いた。
『任意同行は拒否する。どうしてもって言うなら、上に問い合わせな』
おさえていた筈の刑事が崩れた。
慌てて支える女性刑事は、肩組んでは部屋から出て行く。
パタンと閉められた室内は嫌に静まり返っていた。
「ジン、何故それを言った」
『絶対的な正義なんざ存在しないって事を、わざわざ教えてやったんだろが』
どんな組織にも闇はある。協会、テレビ局、新聞、企業、そして警察。
横領に脱税や数え切れないそれらを悪と呼ぶ。だが、その悪によって命救われる存在もあれば、助かった人も居る。
表にバレる事無く、今もなおそれは影で続く。
ハンサムもそれを見てきた。ベテラン国際警察だなんて言われているが、知りたくない上層部の悪の数々に耳を塞ぎ続け今もこのポジションに立っていられる。
「ジン、あの刑事にはまだ早すぎる」
『いずれ知る事だ。遅かれ早かれ、ああなる事には変わりないだろが』
目の前に証拠がある。目の前に悪行を行った人がいる。目の前で事件が起きた。目の前で人が死んだ。
だが、それら全てを警察が手を出す事ができない。
ジンはそれを教えた。
自分がいい例だと。
それを知ったあの刑事はどうなるのだろうか。
刑事を辞め警察と言う組織を抜け、新たな組織を作るか?はたまたハンサムのように耳を目を閉じ、静かに流れていくのを待つのだろうか?
決めるのは彼等次第だ。
ただ自分は教えてやっただけ。
「……ジン、私は」
『出ていけ』
容赦なく遮られた。
険しい表情を浮かべたハンサムだが、瞼を深く閉じ駅長室を後にした。
カツカツカツ、と遠ざかって行ったそれはハンサムのものだろう。
灰皿へと煙草を置く。おもむろに見上げた先は黄ばみ始めた薄汚い天井、目を閉じ深く息をはいた。
刹那、誰も居なくなった室内で、ジンは目の前の机を蹴り飛ばす。
積み重なっていた紙が舞い、ファイルが雪崩のように落ちて行く。机に押されたソファーが悲鳴を上げた。
『なにが最強だ』
紙は未だに宙を舞う。その真ん中で毒を吐き捨てたトレーナー。ボール越しの鋭い眼差しが、それを静かに見つめていた。
了
130421