従業員が出入りする専用の入り口がある。部外者が勝手に使わない様にと小さな端末も設置されており、従業員のIDと共に本人しか分からないパスワードを入力しないと開かない。と言うまでの徹底ぶりだ。
昼を過ぎた事もあり休憩を終えた従業員達は、午後の仕事に取りかかる為にステーション内を走り回っているに違いない。
紫煙。
どこからともなく立ち上るそれをくわえるのはジン。
従業員用出入り口。すぐ近くの壁に背中を預け、空を見上げれば照らす太陽が視界へと入り込む。普通眩しいその日差しに目がくらみ、眼球を守る為に無意識に閉じてしまうもののジンはただただ太陽を見上げるだけ。
今にも落ちそうな灰に気付く。
これは不味いと壁から背を離し煙草を手にとったと同時に目の前の扉が開く。
「やっぱり、此処におったかい」
太陽の光を反射するかのような白の清掃服を羽織る男が現れた。
清掃員のカマナリだ。
彼は小さな挨拶を一つし、どっこいしょとジンの隣へと腰掛ける。と、懐を何やら漁りだしたと思えば、手のひらサイズの筒を取り出しジンへと渡した。
何も言わずにそれを受け取れば、小さないぼが付いたゴム製の円を押し込む。すると、筒の中でカチリと鳴り頭の蓋が勢い良く開いた。
携帯灰皿だ。
何でお前が持っていると言わんばかりの表情を悟ったのか、清掃員は綺麗にした所を煙草で汚されては困ると笑う。
ジンは何も返さない。
ただただ、渡された携帯灰皿の蓋裏に先端を押し付け小さな熱をつぶし混む。感情が籠もる訳もない手を離せば、先が見頃に歪んだ煙草だったものは小さな筒の中へと消えていった。
「暫くダブルトレインの運行が出来ないらしいじゃないか」
『………』
「其処まで派手にバトルしなければならないトレーナーだっかい?」
思い出すのは先日ダブルトレインへとやってきた小さなトレーナー。
ダブルトレインの履歴を見てもまさかの初めて。後半の車両でリタイア叉は負けて戻ってくるかと思っていたが、まさかそのまま真っ直ぐジンの元へとたどり着くとは誰も思わなかった。
しかも、その挑戦者はジンとのバトルに勝利し、スーパーへの切符を手にした。久々に面白いトレーナーがやってきた。これは将来が楽しみだと言葉を交わす中、ボロボロになったバトルフィールドを見た彼はある事に気付く。
破損箇所が重点的だと。
カメラが壊れバトル風景を見ることが出来なかった為、どういった戦いがそこで繰り広げられたかは分からない。
だが、長く此処に勤めているカマナリの目には、普段ジンが行うバトルスタイルと異なるバトルが繰り広げられた事に気付いた。
フィールド全体が壊れている事なんてよくある事。だが、今回はトレーナーが控えるエリアまで瓦礫が広がっている。
挑戦者とジンに怪我はなかった。だが、可笑しな点があまりにも多すぎて不自然でしかない。
そこで行き着いた先の答えは、ジンがそうせざるおえなかった叉はそうするしかなかった相手となる。
隣を見やれば、新たな煙草を箱から取り出す所だ。
最後の一本だったらしく、空となったそれを握り潰す。
『子供らしいバトルって何だと思う?』
続いてライターを取り出しては、慣れた手付きで先端へと火をつける。待っていましたと言わんばかりに煙を吸い込めば、小さく零したその言葉にカマナリは眉を寄せる。
「強いて言うなら、真っ直ぐな所か、の」
人それぞれとなるが。
『子供らしいないバトルって何だと思う』
「……………」
カマナリは何も言わない。
何となく。ではあるが、ジンが言っている言葉の意味を差すそれが、先日の挑戦者なのだと理解する。
子供らしい、子供らしくない。
あの少年のバトルが、と言う事なのだろ。
『押し付けているってのは分かってる。だけど、腹が立って仕方ないんだよ』
まるで知ったかぶりのバトル。
これが当たり前。
何でも知ってる。
常識なんて理解してる。
『そんな奴が一番苛つく』
何も知らない癖に。
いっそのこと殴りつけた方がわかりやすいだろ。
だが、今の自分の立場を壊すわけには行かない。
これからだ。
これからが大変なのだ。
今まで築き上げてきたこれを崩すわけにはいかない。
『………面倒くさ』
「何に対してだい?」
『これからの事』
「まだまだ若い癖に何を言うか」
ジンの制帽へとカマナリは一つチョップをかます。
何も言い返さないジンは、煙草を離しニコチンが足りないと小さくぼやくだけだった。
遠くで何かしらのメロディーが流れてくる。トレインが発車するのだろう。
賑わいを帯びたそれがやけに煩く、耳障りだとジンは心の中で耳を塞いだ。
了
140324