ぐるりぐるり。
ぐるぐる、ぐるぐる。
ねぇ、此処はどこ?
(なぁ、此処はどこだ?)
ぐるぐるぐるぐる。
空が澄んで見えるのは何故?
(空が遠くまで見えるのは何故?)
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
目が回るのは何故?
(視界が回るのは何故?)
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
此処は
(此処は)
知ってる
(知ってる)
* * *
パタパタと慌ただしく自身の両脇を駆け抜けた2つの影に、クラウドはおい!と声を上げ伸びた両手で小さな2つの影の首根っこを掴み取った。
同時にぐむ!んぐ!と一緒に声が生まれた。
こいつら本当は喋れるんとちゃうんかいな?と思いつつ、「お前等!廊下は走るなとあれほど言ったやろ!」と言ってやるも、口元を隠すマスクにより何を言ってるかが分からない。
同時に2つの眼帯が上がるも、瞳がキラリと輝くだけで何を言いたいのかが分からない。
ギアステーションへとやってきた2人の研修生。
ブラウン系の髪を束ねる色付き眼鏡をかけた少年ユキとクリーム色の短い髪の毛を逆立てヘッドホンをかける少年はスミ。2人揃って何故かマスクをしておりそれぞれ眼帯をしている。そして何より問題なのは2人共話せないと言うもの。
何でも、このギアステーションへと来る前に事故に巻き込まれたとの事。
大きな衝撃を受けたショックだと聞く。ドクターの話では時間がかかるものらしく、自然に回復するのを待つしか無いとの事。医療用の眼帯をつけているのもそのせいだろう。
一時期ギアステーション研修は見送りになったものの、本人達の強い要望により怪我が治らない内に2人は此処へとやってきた。
チラリと覗く首に巻いた包帯と眼帯痛々しい。
初めは対応し辛いと思って作業員達だったが、見た目に反してこの二人はやんちゃらしい。
お客さんの前では教えた通りにしっかりと仕事をするも、こうやってギアステーション関係者しか居ない場所では廊下を走ったりと元気いっぱいだ。
そんな彼らがまた走っている所を捕まえ、先日同様に注意する彼の目に有る物が止まった。
2人が両手に持つのは何冊もの分厚いファイル。そのファイルを見てクラウドは眉を寄せた。
「なんや、また駅長代理のとこに行くんかいな」
何故か2人の研修生が懐く相手、駅長代理ジン。
サブウェイマスターと駅長の2つの仕事をこなす、トレイン協会から派遣された代理の存在。新しいリーダーがその席に着くまでと言われる仮の上司だ。最もジンを上司だとは思っている作業員が居ないのは、ギアステーションに着いて直ぐに述べたジンの一言のせいだろう。
一応、仕事は出来るみたいだがその仕草や口調、格好からして更に株を落としている。
クラウドもそのうちの一人。
先代のサブウェイマスター達が良くできた人だったせいか、ジンの身なりなどを見る度に無性に腹がたってくるものだ。
頑張って従業員一同で築き上げてきたギアステーションを、汚しにきたかの様な存在。
彼を呼ぶ際には絶対に外さない代理と言う言葉。
これは彼を未だに上司だとは認めていない証拠だ。囁かな従業員達の抵抗。
勿論これに、ユキとスミは気付いていた。
明らかに壁が見える従業員とその上司。いつもギクシャクしていて、たまにジンへと提出するべく書類が、彼ら2人に押し付けられ変わりに出してくれ。と頼まれる事もある。
そしてどうやら今回も事務員達が渡すだろう分厚いファイルを、2人の研修生が持って走って居る。
行きつく先は駅長代理のジンの元以外無いだろう。
ハァとクラウドからため息が零れる。
何を意味しているのか?それが分かったらしいスミが掴まれていた首根っこを離すや否や、持って居たファイルをバコン!とクラウドの左脇腹へと一発叩き込んだ。
「あだ!」
意外と痛い。
と思った時にはスミは其処には居らず、2歩先に静かと立っていた。後を追う形でユキが後に続く。
おいこらスミ!お前!と脇腹を押さえ、その姿を捕らえればプイっと首を横へと背けた。
それに慌てるのはユキの方。
どうした?とスミの顔色を伺うも、タンと一発靴を鳴らしただけでクラウドへと背を向けた。そして再び走り出したスミに驚き、ユキがファイルを落とすまいと後を追い走り出した。
再びパタパタと廊下に響き渡る足音を聞き、クラウドは其処に立ち尽くすしかなかった。
ジワリと痛み出した脇腹に飛んでいた思考が戻って来る。其処であー。と歯切れの悪い声を上げては、脇腹を静かにさすった。
「あいつらの前で駅長代理の話は気を付けなきゃならんのを忘れとったわ」
何故かジンに懐く研修生。
事故に巻き込まれたからと言って、あの痛々しい姿を見た従業員達は腫れ物扱うような接し方をしていた。
しかし、ジンだけが変わらない口調で、変わらない態度でスミとユキに接していた。
懐いた原因は其処だったのだろうか?
「(何故あの人に懐くのか、さっぱりやな)」
未だに研修生が駅長代理に懐く理由が分からないまま、向かうべく目的地へと再びその足を進めた。
了
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