水面を這うように走った光が少年の足元へとやってきた。
自身の元へと這ってきた光に少年はびくりと肩を揺らすも、光に当てられた水面の中から見えた影。
イッシュ地方では見たことが無い珍しいポケモン。水に溶け込むような青い体と光の届かない深海では淡い光を放つ貴重な球体。
「ラルル!」
「ランターン!」
ひょっこりと水中から顔を覗かせたランターンが鳴いた。
実物をこんな間近で見たのは初めて、それがイッシュには生息していないポケモンとなれば興奮がおさまらない。
しかし、驚きはランターンの登場だけでは無かった。
バシャバシャと水を蹴るようにやってきた人物に、ランターンが嬉しそうな鳴き声を上げ同時に体の一部である提灯を向ける。
照らされたのは少年よりも大きな体。
友達のゲンゴロウよりは細身な体格ながら、初めはギアステーションの駅員や作業員かと思われた。
だが、違った。
いや、ギアステーションに関わる人物ではあったがまさか…と彼は息を呑んだ。『やっと見つけた……』
普段身にまとうジャケットと靡かせる白黒マントの姿はない。あのグレーの制帽もなく一瞬誰かと警戒するが、垂れる前髪に重力に逆らうように無造作に跳ねた後ろ髪。
視線で人を射抜くような鋭い瞳。
イッシュ地方ではあまり見かけない髪の色に、黄色に近い白い肌。
画面越しにしか見たことの無い人物、駅長代理のジンだ。
普段着なのだろうか。
裾の長いコートを羽織り跳ねた髪の毛を遠慮なくかきあげれば飛び散る水滴。バシャバシャと少年へと歩み寄っては、唖然とする彼へと腕を組み見下ろした。
『怪我は無いか?』
「…え?」
『怪我は無いかと聞いている』
2度目の問いはしっかりとした重量感を感じられる。ホームに落ち水流に飲まれた本人だと確認すれば、ゲンゴロウから話は聞いている。と続けるように呟いた。
山男のゲンゴロウさん。
自身にポケモンバトルを教えてくれたトレーナー。と、同時に駅長代理ジンと親しい仲柄の人物。
そのゲンゴロウさんが自身に起きた事を、駅員へと連絡してくれたのだろう。
胸の中がギュッと熱くなるのを隠す様に少年はヒトモシを抱えながらコクコクと頷く。
『よし、怪我が無いのならば移動がし易いな』
「……移動?」
てっきり歩いての移動かと思っていた少年からすれば、他の移動手段なんて思い付かない。しかもそれが怪我の有り無しによって変わるなどと……
『水の中からホームへと移動する』
「え?!」
水の中から?
一体どうやって?と首を傾げた少年をチラリと見ては、ジンはすぐさま腰のホルダーから一つのボールを取り出しては投げた。
くるくるくるり
開閉ボタンを押して投げられたボールから飛び出る様に伸びた影は、水面をパシャンと一はねさせては姿を表す。
ランターンの淡い光に当てられた体はきめ細かな青い鱗。スラリと伸びた体は長細く緩やかな曲線美を描く。
キリリと引き締まる目尻は纏う雰囲気と共にクールな印象を感じさせる。
このポケモンもイッシュ地方では見ないポケモン。
『キングドラ、六番ホームへと向かう。』
通路は分かるな?
そうジンが言えば、高らかに鳴いたキングドラ。
『ランターンはキングドラに続け』
「ラルル!」
了解!と言わんばかりに尾鰭を端つかせれば、ヒトモシを抱えていた少年へと水しぶきが飛ぶ。
慌ててなにかを庇う少年に、ジンは腕の中にいるポケモンにやっと気付いた。
『どうした?』
「あの……ここら辺を歩いていたら、みつ…見つけて……」
そう言って緩んだ腕の中から、小さな灯火が顔を覗かせた時だった。
ジンのホルダーから伸びた赤い閃光は、水面ギリギリの所で形を作り上げ現れる。
薄暗い空間の中でキラキラとはじける粒は、ボール内の粒子らしく払うように大きく体を震わせた。
驚く少年と不機嫌そうな声をあげたジンを無視し、現れたポケモンは少年の抱えるヒトモシの元へと近寄りか弱く鳴いた。
「デラ…………」
シャンデラだった。
ヒトモシからの返事は無いが閉じていた小さな瞳が静かに開いた。
鳴きそうで鳴かないヒトモシに、シャンデラは再び鳴き灯していた指先の炎をヒトモシへと当てた。
ヒトモシが火傷する!ギョッとした少年はヒトモシを庇おうとするが、ヒトモシへと当てられた炎が白い体のへと溶け込んでゆく様に更に驚いた。
え?
と、目を見開きすぐさま瞬きした次の瞬間には、冷たいと感じていた筈のヒトモシの体が僅かな熱を帯びていた。
どう言う事か?
シャンデラの炎がヒトモシの体へと溶け込んだ?
炎タイプながらも他の炎を受けてしまえば、多少なりともダメージが入る筈。
ダメージが入らないヒトモシ……!
「貰い火!」
その言葉にシャンデラが再び鳴いた。
ヒトモシの特性、貰い火。他の炎技を自身の中へと吸収する体の構築、特性である。しかし、ヒトモシにはもう一種類の特性が存在する。
「君が炎の体?」
「デラッ!」
艶めいたシャンデラの鳴き声。
特性炎の体。
自身の体へと触れた対象物へと火傷を負わせれる、高温度の体をもつポケモン。
シャンデラの特性炎の体は高温により触れる事は難しいものの、貰い火特性のヒトモシにとってはありがたいものだ。
特にいまのように体温が下がり自力で温度をあげれない状況下ではありがたいことこの上ない。
水を浴びた小さな体が再び暖かくなっていく様に、少年は胸をなで下ろした。
「この…、シャンデ、ラはジンさん…のポケモンですか?」
『いや…』
ガリガリと後ろ髪をかきあげれば、含んでいた水滴がポタポタと飛び散る。
ふと視界に写り込んだキングドラとランターン。
ジッと此方を見つめる様子にはいはい。と、ジンは呆れながら手を振った。
『シャンデラ、ここから出たらいくらでもヒトモシのそばにいて構わねー。だからさっさとボールに戻れ』
てめーが居ると移動できねー。
そう言ったジンにシャンデラは勢い良く振り向き、声を荒げる。
「デラ!ッラ!ラッ!」
『うるせえ!てめーがさっさとボールに入らないとヒトモシをセンターへと連れていけないんだよ!感動の再会はセンターでやりやがれ!』
「デラッ!シャーン!!」
ジンのポケモンではないと、先ほど本人が言ったばかりだが……こうも不仲なトレーナーとポケモンを見るのは初めてな少年。
ぽかんと口を開いてはシャンデラとジンのやりとりを眺めてるしかなかった。
あぁ…どうすれば?
これは止めるべきなのだろうが、間へと 入り込む隙が無い。
しかし、このまま放っておく訳にも行かず…と、思考を巡らせていた最中に聞こえたタンと何かを踏みつけた音。
ふと、疑問を抱いた少年が無意識に振り向いた瞬間にそれは起きた。
「いたっ!」
頭を押さえつけるような何かが少年の頭部を刺激。
グッと力を込めた何かはまるで踏み台の如く、少年の頭でワンクッション置いてから再び飛び出す。
漂っていたギアルも驚いたのがすぐさま横へと避ければ、通り過ぎた影が小さく鳴いた。
そこでジンへと口論していたシャンデラが気付き素早く回避。
すらりと優雅に避けて見せては、飛び込んできた影を睨みつけた。
「ラル!」
『は?』
シャンデラが移動した途端に自身へ飛び込んできた影。
あたる直前で避けようとするものの、目にも止まらない影のスピードに間に合わなかった。
『ぶっ!』
顔面直撃。
バチンと皮膚を叩きつける痛々しい音が鳴り響く。
聴覚から伝わるその痛さに少年はぞわりと鳥肌がたち、ひぇ!と情けない声を零す。
しかし、誰より痛い思いをしているのは、少年ではなくジン本人だ。
半端ない痛みだろう。
一瞬仰け反りそうになったジンだが、慌てて背中を支えるキングドラにより免れた。
もがもが、もがが。
何かを言っているらしいジンだが、飛び込んできた影が顔に張り付いている為言葉を遮る。
「ラル!ラルル!」
その間ジンに張り付く何か…ポケモンだろう何かがひっきりなしに鳴き続ける。
が…
『だぁぁ!うるせぇ!』
窒息しかけたジンがそれを引き剥がした。
まさにベリ!と効果音の元イラついたジンがガチリと歯を鳴らすのが聞こえた。右手には剥がしたばかりの何かがぷらんと揺れる。
もだもだと右手で掴まれる影が慌ただしくゆれる。ランターンの提灯がそのポケモンを照らすも、背中の黒い影しか見えない。
次から次へと鬱陶しい!
怒声が地下鉄内に鳴り響くなか、ジンはシャンデラへとボールを掲げる。
すぐさまシャンデラが驚き逃げようとした所で、赤い閃光がシャンデラを捉えた。
数秒もしないうちにシャンデラを飲み込んだボールは、手乗りサイズへと縮小。ホルダーへと入れると同時に一つのボールを取り出しす。
舌打ちしたジンが掴んでいたポケモンへとボールを押し付けたのが分かる。
無機質な開閉ボタンが一つ鳴り、掴んでいた何かを飲み込む。
本来ならばボールから出ようとするポケモンが暴れ、四方八方へとそれは世話しなく揺れる筈がなぜかたった一回震えた瞬間に捕獲完了のパネルが浮かび上がった。
まさか一発で入るとは思わなかったジンのこめかみがピクッと動き、同時に少年も呆けた声を上げる。
静まり返った空間。
ギアルもランターンもキングドラすら動かず鳴きもしない。
『…とりあえずだ』
「え?…はい!」
『そのヒトモシをボールに収めろ。ランターンとキングドラで人の居るホームへと戻る』
「は、はい!」
慌ててヒトモシをボールの中で休ませる少年。
ガタガタと暴れるホルダー内のダークボール。バレないように押さえ込んだジンは、黙ってろ。と小さく吐き捨てた。
了
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