ギアステーションは深夜二時を回った所で、全ての営業を終了する。
事務所に自室を持つジャッキーを見送り、最後の戸締まりを終えたジンは私服へと着替える。
グレーのサングラスを付け、コートを羽織り従業員専用の出入り口の扉への鍵を閉める。
カチンと鍵を閉めしっかりとしまって居ることを確認すれば、ゴツリと足元から音が上がる。
空は暗くそれでも街を彩るのは、光り輝くライモンのビル達。流石イッシュの中心部。深夜となっても街の彩りは衰える事はなく、逆に暗くなった事により昼間とは違う賑わいを放っていた。
くわえるだけだった煙草に火を付け、立ち込めた煙を吸い込む。
すると、自身の真下から上がった声にふと視線を落としてみれば、二つの尾を揺らした一匹のポケモン。釣られる様にフッと小さく笑えばそのポケモンは待ってました!と飛び上がっては、ジンの背中へと張り付いた。
二本の尻尾でバランスを取り、上手く上がればジンの頭へと両手を乗せる。
また一鳴きして準備完了と、左右に揺れる二本の尾にバランスを奪われながらもジンは静かに歩み出した。吸っては吐いた煙草の煙が空へと上がってゆく。
その煙を頭に乗せていた手が伸び、まるで掴み取るかのようにシュッシュッと動き回る。しかし元から煙が掴めないのがわかって居るらしく、自身の手から抜けていく煙草の煙が面白いのかそれを楽しんで居る様子。
歩道を照らす照明達の列。
一定的な距離を空け置かれた明かりは、その場にまったりとした雰囲気を醸し出す。ギアステーションの半径20メートル以内では、不審者への防犯対策として灯りが灯されて居る。
イルミネーションも兼ねての照明は、このライモンシティを更に輝かせる。
ジリジリと短くなってゆく煙草の音と、楽しそうに声を上げる頭上のポケモンの二つの音を拾う。
ギアステーション内でのポケモンを出す時にある条件が存在する。小型のポケモンのみ出す事が可能と言うもの。
バトルトレインと、普通のトレインがひしめく空間の中でポケモン達がいつどんな行動に出るかわからない。
長い付きと言えど、勝手に動き回りトラブルを起こしかねない。稀に起きるトレイン事故が、これらの決まり事を無視しボールから出たポケモンが線路に落ちたりなどの件が上げられる。その殆どが大型ポケモンと言う訳。故に大型、中型サイズのポケモンはギアステーション内で出歩かせる事はしてはいけない。
だが、あくまでもそれはギアステーション内での事。
ステーションから出ればその決まり事は向こうとされ、こうやってボールから出してもさほど問題ない。
しかしここライモンシティには遊園地、ミュージカル、スポーツ会場、そしてギアステーションと言う大型な施設が並ぶ街だ。
同時に多くの人々で行き交う昼間なんかに、そうそう大きなポケモンは出せたものでは無い。
通行の妨げとなる。と分かって居るから、出しても人の腕におさまる程度のポケモンだろう。
今ジンの肩にのり煙草の煙を楽しむこのポケモンも、人の腕には収まらず中型の為にあまり出歩くのは好ましくない。しかし、今は深夜であり人通りは少ない。
出しても問題がないと言う事だ。
また一鳴きしふるりと尾を揺らした時だった。
パチリと感じた静電気。何だと抱いたと同時にいきなり首が、グギリと左へ大きく傾いた。
悲鳴を上げた首の筋肉に、ジンは変な悲鳴を上げてしまう。
いだだだ!とつった首に痛み出し、ギシギシと悲鳴を上げる。勿論ジンの肩の上にいたポケモンも何事だとあわて出す。ビビビ!とまるでシママの電撃を食らったかの様な感覚が右腕へと襲い掛かる。
持っていた鞄を落としてしまう。それ位に突然だったのだ。
あわあわと慌てる頭上のポケモンを無視し、ビリビリと痙攣する右腕へと空いた左手が伸びた。
何かを探すかの様に自身の腕に触れる。
ジャケットがこすれる音を聞き流し、指先に何かが触れた瞬間ジンは遠慮なく掴み取った。
グワシ!バリ!と効果音が鳴るような仕草をする。再びパチンとはじける電気音だったが、ジンが掴み取った途端に腕の痺れは無くなった。
変わりにモフモフとした何かが、ジンの左手で暴れる。何だとサングラス越しに見下ろせば、くりくりとした瞑らな瞳と視線がかち合う。
四足歩行の手のひらサイズの小さなポケモン。電気タイプであり、ある洞窟にしか生息しない珍しいポケモンだ。
名前は確かーー。
「バチュル!」
パタパタと走り寄ってくる存在。照明に照らされて居る為、相手がどういった格好をしているのかがはっきりと分かる。
声からしてまだ若い子供だろうか。一瞬女性かと思われたが、瞳へと映り込んだ存在は小さな少年である事に気が付く。このバチュルのトレーナーだろう。
ジンの左手内で未だにバタバタと暴れるバチュルに気が付いたのか、走ってくるその速度が上がったのが分かった。
夜だと言うのにも関わらず、ニット帽を深く被り牛乳瓶の底の様な分厚いメガネ。おかげでどんな顔をしているのかがさっぱり分からない。
頭上にいるジンのポケモンが首を傾げ、不安そうに鳴く。だがジンだけはスッと瞳を細めては、やってくる存在を静かに待つ。
すると、左手に掴んでいたバチュルへの力を緩める。それに気付いたバチュルが暴れるのをやめ、瞑らな瞳でジンを見上げる。
同時に仰向けになっていたバチュルは姿勢を戻し、トレーナーの姿を捉えれば嬉しそうに手のひら内で震えだした。
走り寄って来た相手は息を切らしながら、ごめんなさい!と謝る。
「そ、の…バチュル!ぼぐぉ!」
急いで走ってきた為か紡ぐ言葉が見事に途切れ、同時に大きく咳き込んだ。
ゴホ!といきなり縮こまった少年に、ジンはすぐさま近寄りその背中へと手を伸ばす。手のひらにいたバチュルが彼の帽子へと飛び乗った。咽せる相手の背を撫で、落ち着くまでさすってやる。
すると、少し落ち着いたのがこくこくと小さく頷きながら、ありがとう…。と弱々しく呟いた。
「ごめんなさい、このバチュル、僕の友達なんだ」
いきなり居なくなって探してたんだ。そう紡ぐもニット帽に乗り移ったバチュルは、何食わぬ顔で一鳴きする。
勝手にトレーナーの元から居なくなると言う事は、まだ深い関係では無いと言う事だ。野生産では無いらしい。体の大きさからみて、卵から孵って数日と言う所だろう。
ポケモンとトレーナー同士の絆が、未完成だ。トレーナーの手元から離れているのがその証拠。
だが、それよりもジンが気になるのは……。
『こんな時間帯に子供が一人で何をしている?』
時間はもはや12時を過ぎている。
いくら此処が照明によって明るく照らされて居ても、流石に未成年者が出歩く時間帯では無い。ポケモンが付いていてもダメであろう。
急に冷たくなったジンの声に、彼はびくりと肩を揺らす。だが、同時に分からないと言わんばかりに首を傾げる仕草に、ジンの眉が静かに寄る。
「え?まだ夕方の7時じゃないの?」
『…………』
彼は何を言っているのだ?ジンはサングラス越しから、周囲を見回す。そして目当ての物を指差せば、釣られるかの様に彼も其方へと視線を向けた。
『深夜の二時すぎだ』
指差したのは時計。
円形方の時計で、長針の針が6を指している。あと30分で三時になるだろう。
『お前まだ未成年だろ?こんな時間にうろつく所をジュンサーに見つかって見ろ?一発で補導されちまうぞ』
補導。その言葉の意味をやっと理解したのか、彼はや、やだ!と慌てふためく。深夜だと気付かなかったのだろうか?と言う事は、室内にずっと居たのか……。ライモンで時間を忘れ、夢中になる施設と言えば……
『(ミュージカルにでも魅入って居たか、或いはゲームセンターだろうな)』
やれやれとため息を付いたジンだが、返ってきた答えは思っていたものとは違っていた様だ。
「ギアステーションを見てたのに、時間経つのが早いよ……」
ギアステーションを?
静かに顔を上げた先には周りに設置されているスポットを浴び、トレイン営業を終了しても尚その存在を主張するかのようだ。
此処からでも見える位特徴的なドーム型の駅。耐久性から考えてギアステーションのデザインが厳かになりがちだが、其処を大胆に変えたのは誰でもないジンだ。いや、引き継いだ。と言えば正確だろう。亡き4代目サブウェイマスターが進めていた計画を、ジンが引き継ぎ少し手を加えたものだった。
客寄せの意味も込め見た目を変える必要が有ると、建築デザイナーと共に考えたのだ。こうやってライトアップされたギアステーションは、夜も眠らないライモンシティに上手く溶け合っている。
『……は……か?』
「……え?」
『電車、トレインは好きか?』
サングラスが自身へと向けられる。向けられたら言葉は不思議なものだった。
トレインが好きか?
トレイン?トレインってあのトレインだよね?
好き?好きじゃ言葉は足りない。
凄く、凄く
『いっぱい好きだよ!』
言葉じゃ足りない位に大好き。
分厚い眼鏡越しに彼が笑ったのが分かった。
それに目を細めたジンに気付いたポケモンは、駅長代理の手持ちであるエテボースだけだった。
不思議な出会い。不思議な出会い。
不思議な、出会い?
不思議?
違う、出会った。
出会った。出会った。やっと出会った。
やっと、やっとやっと出会った。
色付くのは鮮明な何か。
111117
加筆120620
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