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積み重なるファイルの山。それは部屋の中に置かれているデスクの上全てを埋め尽くし、制帽を被って居る彼の口にはいつもの様に煙草がくわえられて居る。
ただ、その先端には付いて居る筈の赤みは無く、明らかに吸い終えたで有ろう姿が其処に存在していた。普段ならば、灰皿送りへとなる吸い殻なのだが、彼はそれを押し付ける事はせずくわえたまま。
何故そのままなのか?それは彼しか知らない。

山積みのファイルに囲まれながら、彼はその一つ一つを手に取りファイリングされる内容に目を通す。
普段は被って居るサブウェイマスターの制帽は、積み重なるファイルの上へと置かれる。右前髪は長く胸元まで伸び逆に左前髪は後ろへと全て流されており、切れる片目がその姿を現す。流した前髪は耳へとかけられるものの、耳を彩るかの様な銀色に放ついくつものピアスがその存在を主張する。
極めつけはウィンディの様な鋭い牙が噛みしめる、キツい煙草。常日頃煙を放つ煙草。

悪くて暴走族のヘッド。良くてもヴィジュアル系(ギリギリ)だ。
背丈も他の職員よりも一周り大きい。黒光りするのはローファーでは無く、グレーのラインが入るパンツに不釣り合いな黒いブーツ。歩く度にごつりと音を鳴らす。

彼が、このギアステーションの駅長だとは誰も思わんだろう。しかし、彼ジンは紛れもなく此処の駅長だ。否、駅長代理だ。
イッシュ地方を巡るトレインの運行及び、バトルトレインの管理など駅長がすべき仕事はこなしては居る。
では、何故彼がギアステーションを統括する駅長、サブウェイマスターでは無く、代理なのか。話しを遡れば今から数年前、四代目サブウェイマスターの事故がきっかけだろう。
ギアステーションを作り上げた初代サブウェイマスター、其処から2代目、3代目、そして4代目と受け継がれていたその存在はトレイン事故により生涯を終えた。
次のサブウェイマスターを決める前に起きた事故。当時は後見人すら決めて居らす、彼の後を継ぐ存在は居なかった。
名だけのサブウェイマスターは必要無い。ポケモンバトルでの圧倒的なバトルセンスと力。且つトレイン関係の事務業務。それらが必要となるのだ。本来、駅長とサブウェイマスターが二人でギアステーションを切り盛りするのだが、亡き四代目は事故にて亡くなった相棒である駅長の仕事を両立させていた。

駅長の仕事を両立していたサブウェイマスターの不在。
これからギアステーションには新たなる路線を走らせる計画の最中、流石にこれは不味いと判断した駅員達はトレイン協会へと新たなリーダーを頼んだ。
高いバトルセンスを持ち、鉄道関連の仕事をこなせる人材を。

其処で派遣されたのがジンだ。

カントーとジョウトを繋ぐリニアモーター。
其処を統括する駅長の御墨付きらしいが、ジンの身なりや言動から見てそうは思えない。

何せ、ギアステーション就任してすぐくわえていた煙草を取ったと思えば、第一声が『寂れているなんて聞いてない』である。

待ちに待った新たな駅長叉はサブウェイマスター。はるばるカントー、ジョウト地方からやってきたのだ。イッシュ地方に不慣れな点が多いに違いない。職員及びバトルトレイン整備士共々、全力で新たなリーダーをサポートしよう!そんな内なる声は彼の一言によって見事に散った。

その日を境に従業員達のジンの評価は只下がり。
勤務中に煙草をくわえ離す気配はない。話す時にもくわえ、鋭い眼差しであれやこれやと口を出す。長身のせいも有るのか、その存在は酷く威圧的。これではギアステーションの利用者が減る。これから賑わうだろうこのステーションを、彼の存在によって終わらせる訳には行かない。
ギアステーションに勤務する従業員一同の署名で、トレイン協会へと抗議するも『新たな駅長が就任するまでの辛抱』と返されてしまった。


それを知ったジンだったが、『………で?』の一言でまたもや片付けてしまう。火に油を注ぐ形になってしまい、ジンとギアステーションの従業員一同の溝は深まる一方。
そんなジンは駅長の座には就任せず、あくまでも駅長代理としてギアステーションの上にたった。何故駅長、サブウェイマスターでは無いのか?理由は分からないものの、きっと直ぐに優秀な人材がギアステーションへと派遣されるのだろ。それまでの間だと、皆口々に言う。

その優秀な人材が派遣されるまでなのか、ジンは知らぬ顔で作業を進める。

山積みになっている大量のファイルが、その仕事の多さを物語って居る。

手に持っていたファイルを読み終え、パフンと抜けた音を上げたそれを隣の机へと追いやる。
眉間に皺が寄っていく様にソファーに座って居た何かが、大きな耳をピクリと動かすも彼は気にとめやしない。

次だ。
と無言で掴んだ分厚いファイルを広げた時だった。
適当に手に取ったそのファイルの下から、探していた物がジンの瞳へと写るや否や寄せていた皺が見事に打ち消される。

此処に有ったか。と零した彼はくわえていた湿気った煙草を灰皿へ放り込んでは、ポケットにしまい込んで居た煙草とジッポーを静かに取り出す。


白い小さな筒に火が付き、緩やかに上って行く煙を眺めるそれは、大きな尾をゆるりと揺らした。


















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