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子供が線路の中へ落ちた。
その情報が伝わった従業員達はすぐさま救出へと向かう準備をするだろう。しかし、未だに救出へと向かえ無いのは最悪の状況下に居り、人手が不足している事から行動に移すことが出来なかった。
今置かれている最悪の状況。
地上を襲う激しい雷雨は、地下鉄へと逃げ込んだ利用者でごった返して居る。今までに無い膨大な利用者を一気に目的地へと運べないトレイン。同時に雷雨によりどこからともなく漏れ出した雨漏りにより、一部ダイヤが規制され利用者の足を留める。
これだけならばなんとかなる。
しかし、雨漏りが悪化したのかトレインの無いホームに流れ込んできた水は、近くにいた利用者を混乱させる。行き惑う利用者達は相手を払い出口へと駆け込む。
その混乱に出くわした利用者の一人、小さい少年が突如としてホームへ流れ込んで来た水の中へと落下。
目の前でそれを目撃した山男が、駅員へと駆けつけ報告した。

何時位でどこのホームでどんな状況で…詳しく告げられた詳細に、駅員は真っ青になり直ぐに救助に向かいます!と走っていく背中を山男は眺めるしか出来なかった。
少年が飲み込まれ自身が飛び込もうとした瞬間、逃げ惑う利用者達に押しに押され入り口まで戻ってしまった。
再びホームへと向かうも、駅員達が慌ててシャッターを下ろすその瞬間に間に合わず、ビシャリと閉じられたそれに触れるも先を阻む厚いシャッター。
他のホームからと考えるも、人の行列、規制され入場不可能なホームと八方塞がりとなる。

なにが起きたのか状況を理解した駅員達に任せるしか無いが、その駅員達が混雑するステーション内を仕切り慌ただしくはしっていく姿を見ると不安にかられる。

本当に救助へ向かっているのか?

そんな思いが山男の頭をよぎる。

少年はまだ幼い。
旅をしているトレーナーならば経験上、こういった場合どう対処すれば良いのか分かっている。しかし少年はまだスクールに通っている為、旅に出たことは無いと以前話を聞いた事があるのならば尚更心配である。
手持ちには水ポケモンも居なかった筈。

最悪へまた最悪へと悪い方向にしか頭が回らず、逃げ惑う人達にぶつかった体の痛みなど無いに等しい。
そしてたどり着いた最悪の思考は、少年の命が……と言う所で無理やり切り離す。
そんな事考えてる場合じゃない。
あの少年が無事である事を考えるのだ。


ガヤガヤとごった返す人混みの中、彼ゲンゴロウは頭を抱え祈るしか無い。

そんな時だ………



「あ……た、今ど…………に…!」

「!」


駅員、クラウドの声だ。
古株の一人で今回の件で、慌ただしく走り回っているだろうと思っていた人物の声がゲンゴロウへと届く。
どうかしたのかしら?
と、首を傾げ近寄れば、数人の駅員達を連れ小さな端末へと話しかける姿が見えた。その表情は厳しく、何か別のトラブルが起きたのかと気になってしまう。

そろりと近づき、駅員達の様子を窺う。

「せやったら、直ぐにこっちに戻ってき!」

《……の……だったら、そっちに有るだろうが!線路内の雨漏り補修は一時的に私が……》

「?!」


聞き間違えで無ければ、先程の声は……

「ジンちゃん!」

端末から表示されるパネルを覗き込めば、やはり其処には見覚えのあるトレーナーの顔。
電波が悪いのかノイズが混じる透明なパネルには、駅員では無い人物が映り込んだ事に驚いている様子。

《ゲンゴロウ?何でてめーが居やがる?》

「ジンちゃん!ホームの中に子供が落ちたわ!」

《?!》

「おい!ゲンゴロウさん!」

「落ちたホームには雨漏りで流れてきた水がいっぱいで……!子供の特徴は黒いキャスケット帽をかぶった男の子。ジャケットを着た………」

《おい救助班は向かってるのか?!》

「準備は完了しとる!せやけど人手が足りなくて行けん状況で……」

「ジンちゃん!私が見に行くから線路内に入れる許可を頂戴!」

「ゲンゴロウさんあんたなにゆうて…!」

「落ちた子供の特徴を私は知ってるわ!私がその子を探すから、ジンちゃん達がステーションの……」





《黙れてめぇら!》

「「?!!」」


《ゴチャゴチャとうるせー!指揮は私が取る!勝手に動くんじゃねぇ!》

端末越しだと言うのその気迫は大きい。
現に端末の前にいたトレーナーの肩を震わせ、ビリビリとした何かが手を足を体を縛り付ける。

静かになった従業員と常連トレーナーにため息をつく。
どこかの線路内に居るのか、非常用の緑のランプが画面越しに光る。
よく見ると制帽はかぶって居らず、髪の毛が濡れているようにも見える。
鬱陶しそうに払う前髪と、覗く犬牙にジンが苛ついているのだと分かる。

《クラウド、今走行中のトレインに異常は有るか?》

いきなり投げられた質問に、彼は言葉を詰まらせるも今まで受けてきた報告内容が勝手に脳内で編成されていく。

「い…今の所問題は有らへん。が、線路内を調べていた作業員達の話だと、あちこちでまた水漏れが見つかったらしいで。それでまたダイヤを規制し走る本数が減るかも知れへん」

《地上で手配したバスとタクシーはどうだ?》

「どっちとも二時間待ちや。目的地についたとしてもこの雨や、帰ってくるのにも時間はかかるわ」

《………》


クラウドの報告にジンは腕を組み、なにやら考えている様子。
少年の事を考えればあまり時間は無いが、此処で間違えた選択、そして行動をしてしまっては元も子もない。
《通信機能は全て使えるか?》

「ま…まぁ、一応一通りは……」

よし。ならば大丈夫だな。

通信パネルに映っていたジンが姿を消す。変わりにぐらぐらと揺れた新たな視界には、水に浸かる薄暗い線路が映し出される。
どこまでも続く水面に、この線路も浸かって居るのかと驚きを隠せない駅員達。

《お前たちはそのままステーション内の作業を続けて居ろ》

「あっ…あんたはどうするん!?」

《私はこのまま線路内を進み落ちた少年を探しながら、他の雨漏りや水に浸かっている箇所を見てまわる》

「なに言うてる!上に立つ人間が居るんやったら、こっちに戻ってきて指示をせな……!」

《ダイヤを一部規制してうまく回しながら、仮の上司へ連絡一つ入れなかった奴の台詞か》


流石に言葉が詰まった。
ギアステーションの従業員と、ジンの関係があまりよくないと知り合った清掃員から聞いていた。乗客達に気付かれまいと上手く隠していたが、此処まで酷いものなのかとゲンゴロウは改めて感じる。

それは……、と、口ごもるクラウドと気まずい駅員達。
ゲンゴロウも同様に気まずいながらも、ジンが線路内を回り少年を探してくれる事に何より安心する。


《他に回っていない線路エリアはどこだ?》

「北と西の一部エリアや。しかし、確認した場所はバラバラで、今口で伝えるのは難しいで」

《なら、私が今使っている電子端末へデータを送信しろ。電波が通じている早い内にな》

「今確認に出払っている従業員はどないするん!?」

《近くの未捜索線路へと回るように指示しろ。私が回った箇所は随時データを送信する。先程、線路内に溜まった水を吸い上げる為に、業者を呼んだ。そっちの対応もやっておけ!》

「わ…わかった!」

《一部線路内では電波が途切れ、意味が無いだろうが常に通信を開いている。何か非常事態が起きたら連絡を入れろ!》

「「は…はい!」」

《それからゲンゴロウ》

「!」

《てめーは大人しく待ってやがれ。変に騒ぎ出したらステーションを出入り禁止にするからな》


パネル越しに伝わる唸り声。
ポケモンが居るのだろうか、ジンは一方的に通信を切ってしまった。

残された駅員と山男は呆然と立ち尽くすも、ジンに言われた事を思い出したのかクラウドが早々に指揮をする。

「お前は司令部に行って、今の件を伝えてき!」

「あ…はい!」

「お前は何人か駅員を連れてステーションの入り口へ!業者が来ても迷わない様に連れてこい!」


「わっ分かりました!」


バタバタと走っていく部下二人を見送ったクラウドは、持っていたライブキャスターに何やら文字を打ち込む。
それを見ていた山男、ゲンゴロウに気が付けば何やら苦笑いを浮かべる。


「そう言う事や、ゲンゴロウさん。ちっとばかし待っといてや」

「……………」



それだけを言い残した彼は先ほど使用していた端末、ライブキャスター二台を開きながら走り去って行った。

残されたゲンゴロウは近くの柱へと背を預けるなり、ズルズルと座り込む。

ポケモントレーナーであり、何かしら手伝いが出来き経験を積んでいるゲンゴロウだからこそこの状況下はくやしくてたまらない。
今まで何度人助けや手伝いをしてきただろうか?その度に救われる命を見て、自身が出来る事があれば何でもしようと決めていた。
だが、今の自身にはそれが出来ない。
親しい仲とは言え相手は此処のトップに立つ人間だ。その人間が手を出すなと言うのならば、自身が動けば足手まといになる可能性があると言う事。

何かしたい。でも、それは向こうにとって有り難迷惑なのだ。

悔しいと抱く。

出来る力と経験があるのに。











「ジンちゃん…………ノボリ……………」










未だに止まないステーション内のざわめきは、彼の呟きをかき消した。











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修正121222


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