従業員しか出入りが許されないステーション裏。
其処では仕事に励む従業員と共に様々な部屋が存在する。
個室とベッドの2つが設けられている休憩室、迷子の子供を預かるセンターに駅内部の安全を守るセキュリティーコンピューターのある部屋など、見た目とは裏腹に様々な設備が整う部屋が広がる。
勿論バトル狂な従業員向けのバトルフィールドもいくつも置かれ、腕試しだとバトルをするトレーナーも居る。
さて、そんなバトルフィールドのある扉。透明な液晶が表示され、オレンジ色で只今使用中と書き込まれた文字にフィールドを使おうと考えていた従業員は引き返すだろう。
だが、今フィールドを使っているトレーナーが誰なのかと理解するや否や、失礼しますと小さく述べた瞬間に扉を開けてしまう。
ギギ。と錆び付いた音を鳴らした扉。
子供の力では開けれないだろう重い扉を押しのけやっと入り込む。
さて、一体どんなバトルが繰り広げられて居るのかと、胸を踊らせるだろうが現実はそれ程甘くは無かった。
室内だと言うのにも関わらず激しい雨が、痛い位に制服へと叩き付ける。
フィールドが広がる部屋に片足突っ込んだ。ただそれだけなのにまるで下水道から溢れかえる位にそこは水浸しで、洗い立ての綺麗な靴が一発でおじゃんとなる。
パシャリと跳ねた足元を見れば室内にあるはずの無い水溜まりが、濡れた靴を飲み込み波紋を広げ笑っていた。
「サンダース!ミサイルばりや!」
叩き付ける様にフィールドへと雨を振らせる中、響いたのはある駅員の鋭い指示。同時に生まれたいくつもの閃光は、対戦相手が投げつけた瓦礫の数々によって見事粉砕された。
相打ちとなったミサイルばりと瓦礫は大きな水だまりの中へと落下。
盛大な水しぶきを上げ辺りへと散らばる。瓦礫が散らばる中駆け抜けた残像。大きく揺れた尻尾と共に、姿を表したそのポケモンは軽い身のこなしでサンダースの目の前へと現れる。
普段笑っている口元が更に深く笑う。
「アカン!サンダース!にどげりでエテボースを…」
まずいと脳裏を掠めた警告。怯んで動けない手持ちへと飛んでゆく言葉のボールは、エテボースの技を打ち消す為に弱点である技の指示を切り出した。
しかし、遅かった。
ブルリと震えた体に足が竦んだ瞬間、相手のポケモンを囲む様に浮かぶ球体に一鳴きした時には既に勝敗は決まっていた。
『落とせ』
威圧感を含む指示に従ったポケモンエテボースは、球体、めざめるパワーをサンダースへと叩き付ける。
次から次へと容赦なく叩き付けていくめざめるパワーに、サンダースの悲痛な叫び声が雨音と共に響き渡る。
至近距離から食らった技にサンダースは動かない。
空中で一拍。
からの落下。
ドシャリと倒れたサンダースへと無情に降り続ける雨の中、エテボースは華麗に着地してはくるりと一回転。機嫌がよいのか二尾を揺らしては、まるでダンスを終えた後の様に片手を背中へと回し深く一礼。
バトル終了を告げるブザー音が雨音に溶け込み、勝者となったトレーナージンが垂れる前髪を振り払った。滴る水と振り払われた水が舞う中で、制帽の鍔越に覗いた鋭い瞳が制服を着込む対戦相手を睨み捉える。
『貴様!それでもバトルサブウェイの駅員か!』
止む気配の無い雨の中で響いたのはジンの怒声。
一歩踏み込んだブーツはパシャリと水を飛ばし、グシャリと鳴る。
ステーション指定の制服を着込むトレーナー、駅員のクラウドはなんやと!?と噛み付きジンを睨み返す。しかし、全く怯む様子の無いジンがバトルフィールドを踏みつけては、手袋を嵌めるその指で荒れ果てた戦場へと指差す。
『何故雨乞いでぬかるんだフィールドを使わない?!これほどまでフィールドが水浸しの中ならば、ミサイルばりではなく足元へとでんじはを張り一時的に足止めができただろうが!
砕けた瓦礫への注意力も足りない!自身でフィールドの床を壊しておきながら、何故瓦礫側へとポケモンを控えさせない!?身を隠す他にサンダースの脚力で、瓦礫を蹴り飛ばし注意を逸らす事もできた筈だ!
エテボースへの有効打のにどげりでは無く守るを使えばよいモノを!』
何故そうしなかった!?
そう指摘された鉄道員のクラウドは、ぐっと息を詰まらせ何かを言おうとするも開いた下唇を噛み締める姿が其処にあった。
ジンの指摘した内容は確かなものであり、反論出来ない。
スピード性の高いサンダースといまだに止まない雨との相性。勝利はまさにサンダースへと傾いていた。しかし、現実はその反対を示している。
倒れるサンダースと雨を払うエテボース。
一体どう言う事か?
格闘技に弱点を持つエテボースには効果抜群であるのは変わりない。にどげりをエテボースに仕掛けたまでは良かったかも知れない、しかしタイミングが悪かった。
一瞬の隙を突かれ硬直したサンダースがにどげりを打つまでの動作速度。どのポケモンにも技を放つまでに動作と言うものが必要となる。人が息を吐く前に息を吸う様に、サンダースもにどげりを叩き込む前に体勢を整え足へと力を込める。
だが、先ほどクラウドが指示を出した時にそれらを行う動作の間があっただろうか?
答えは否。
眼前にはエテボース。しかもエテボースは既に動作を終え指示さえあればいつでも放てる状態でいた。此処でにどげりを指示したクラウドには敗北の二文字しか残されない。
眼前に居るエテボースの技を防ぐ方法としては、守ると言う絶対防御法。
この技は先制を取る確率が高く、素早さがずば抜けているサンダースならば必ず先手を握る事が可能。
故にエテボースの技を受けずに自身の身を守れる。同時に技を叩き込んだエテボースは至近距離で守られた事により、威力によっては技が跳ね返って来自身が痛手をおって居たかも知れない。
エテボースに生まれるのは隙。
それは次の技を放つ為の動作までにも時間がかかり、隙と掛け合わせれば有効打のにどげりなんて問題なく叩きつける事ができた筈。
先の先の一手を、次なる策を打ち砕かれた際の対策法を。
常に今目の前で起きているバトルと同時に、更なる一手を考えなければならないのがトレーナー。
だがクラウドはその先をある二文字に目がくらみ、次なる策を打つ前に自らの手で釘目をつけ終えてしまった。
『勝利』への『執着』
これで決まる『筈』だと自身の中で決めつけては、次のターン時に己が勝利している事を考えてしまった。
この技は決まる『筈』。『勝利』を勝手に確信へと切り替えたその意味は、勝敗に対する『執着』。
何が言いたいか?
勝ちを得ようと先走った結果だとジンは指摘した。
『ポケモンのコンディションに問題は無い。
だが、指示するトレーナー側に問題だらけでは、技を磨いたポケモンの輝きが廃れるだけだ』
目先にチラついた選択へと直ぐに手を伸ばしてしまい、冷静な判断を見誤る。
貴様の悪い癖だ!
バトルのいろはを忘れた奴など、バトルサブウェイに必要ない!
スクールから出直して来い!
鬱陶しそうに水を払ったジンは、エテボースを連れてバトルフィールドに背を向ける。
所々に出来ている水溜まりなど気にせず、そのままブーツを沈める。
「エボ!」
軽い足取りでジンの後を追いかけては、腰に巻かれるマントにじゃれついていく。
開けていた重い扉。出入り口前で徐に掴んだ制帽は、軽く振られ水が飛ぶ。ジャケットの中から煙草を取り出した姿を最後に、扉が大きな音をたてて閉じられた。
天井に張られた分厚い雨雲が、ゴロリと一鳴きした所で雨がやむ気配は無い。
室内に降る不思議な雨は、地上の雨と変わらず冷たさを帯びている。
ただ、雨を振らせる雨雲が近い為か肌へと当たる箇所がどこか痛々しい。
「クラウドさん」
名を呼ばれた駅員は顔を上げようとはしない。
ただ、目の前で波紋を次々と生み出す水溜まりを見下ろすだけで、これと言ったリアクションを起こそうとしなかった。
駅長代理ジンと古株駅員組と言われるクラウドのバトルは、ジンの勝利と言う形で決着が付いた。
ルールはシングルバトル戦、3対3の一本勝負。敗者は勝者の言う事を聞くと言うなんとも言えない内容だが、クラウドにとっては真剣そのもの。
クラウドが勝った暁には、ジンがギアステーションから出て行くと言うもの。故に彼はいつもジンとのバトルは真剣で、勝つつもりで挑んでいる。
されど、やはり協会から派遣されたトレーナーなだけな事ある。そう簡単に落ちてはくれない。
1体目を戦闘不能にさせたとしても2体目で毎回躓いてしまう。エテボースとポワルンどちらかに倒されてしまう。3体目まで行けないのだ。
今日こそクラウドが勝てるかも知れないと期待し、バトルを観戦していた従業員達が席を立ち部屋から出て行く。
口々に何かをつぶやいているらしいが、いまのクラウドには届きやしない。
「……………」
クラウドの名を呼んだ駅員は、近くを歩いていた先輩に背を押され強制的に歩かされた。
どうして?と向けられた視線の中には、ひとりにさせてやれと言わんばかりな先輩従業員により何も言えなくなる。
パシャパシャと跳ねる水溜まりが一つ一つまた一つ遠ざかっていき、気がついた時にはクラウドただ一人が部屋に取り残されている。
雨に打たれる中彼は一歩も動こうとはしない理由は、ジンに言われた事の全てが脳裏を掠め意識がそちらに向けら集中している為だった。
言われて、考え、思い出し。
ジンの言う事が間違えでは無く、確かにその通りだと思う反面認めたくない自身が居る。
ぐるぐるまわるはジンとのバトル、一戦目、二戦目。途中まで流れは掴んでいた筈なのに、ポワルンの雨乞いで調子を崩されたようだ。
「……………」
天候対策もバッチリだった筈。
ポケモンのコンディションも完璧で、ジンに勝つ為と厳選の合間にポケモン達とトレーニングに励んだ。
パートナー達に問題は無かった。
ならば、原因は?
「自分のせいかいな…………」
勝利へと先走った己の執着心。
それが敗因。
ジンに勝つ事を優先し、バトルの状況を把握仕切れず立ち回りを誤った。故に敗北。
浴びるのはジンの怒声が脳内をリピートする。
その中に紛れるのはパートナーの鳴き声。ハッと意識がこちらへと戻り見下ろした先に居た相棒は、ふらつきながらも大丈夫かと目で訴えかけてくる。
傷だらけで疲れて居る筈なのに、健気に心配する姿を生み出してしまったのは誰でも無い自分のせいだ。
「堪忍なサンダース」
己の欠点となる箇所を今になって再度確認する。
しゃがみ込んだ彼は、グルルと喉を鳴らしたサンダースを抱き上げる。
室内に降り注ぐ雨は未だに止まない。
了
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