《ガ……此方コン…ロー…ム。…駅…ち…代理い……何処に………》
ザッ、ザザザッ!
と、突如として流れていたノイズに飲まれる声。
聞き覚えのある声だと浮かべれば、ああ…夜勤の……。と小さく零せばポワルンが鳴いた。
今ジンが歩いている場所が悪いのか、ノイズ音がやけに酷い。普段此処まで酷いはずじゃ無いと抱きながらも、インカムに流れてきた言葉になんだ。とぶっきらぼうに答えてやれば再びノイズ音がジンの鼓膜を揺るがす。
《ガ……のばし……ジジ……へと、ガガガ……し………》
何を伝えようとしているのかが分からない。言葉は間が悪い位に途切れ、更に紛れ込んで来るノイズ音が酷く鬱陶しい。
それは今や懐かしきコガネシティのゲームコーナーの騒音に似ていて、耳が悪くなる気がしてならない。
回線自体は繋がるらしいが、どうやら電波自体に問題が有るらしい。原因は一体何があるだろうかと考え出せば、この耳障りな無線の内容も少しは落ち着くだろうかと考えるがそうは行かなかったらしい。
耳を塞いでも突き破ってくる無差別な攻撃に似、ジンは無意識に眉を寄せる。
『悪いが、ノイズが酷くて聞き取れない』
此方が聞き取れるまで要件だけ繰り返し話せ。
そう言うと、先ほどからギャーギャーと騒ぎ出したインカムの向こう側に、何を遣っているんだと口元が歪む。
今日の司令部に待機している夜勤組共を思い浮かべる。
ジンを毛嫌いする従業員!とまでは行かないものの、とりあえず仮の上司だから渋々従って居ます。と言う様な従業員だ。鉄道員のクラウドやキャメロンの様にバトルをふっかけて来ては、負けたらコガネシティに戻れ!と騒ぎ立てる輩では無い。
一体何を騒ぐ必要が有るのか?
お前ら、少しは静かに……と言いかけた刹那だ。
なにも掴めない一色の中から浮かび上がったそれは、一直線にジン達へと閃を描き宙を切る。インカムをつけていない片方の耳が時折鳴るパチリと弾けた火花を纏うのを拾えば、ジンは何も持っていない右手で自身を襲って来た襲撃を払って見せた。
一瞬だけ増した火花は再びパチンと鳴り、暗闇唯一の灯火である襲撃は淡くも散った。
鋭い片目が暗闇の向こう側を睨みつける。相手の姿は一向に見えず顔色を窺う事すら不可能である。しかし分かる。
懐中電灯を持つエテボースとポワルンがうなり声を同時に上げ、黒に紛れる存在を威嚇していた。
やっとお出ましか。ジャケットから吸い慣れた煙草を一本取り出せば、そのままゆらりと小さく揺らす。
と同時に煙草の先端を再び閃が走る。しかし、少し間を空けたと思えば先端は淡い赤を纏い出し、同時にその香りを漂わせ吸える状態になったと赤の主張によって伝えた。
『手間が省けたな』
熱を持った煙草をくわえたと同時に、黒の中からボッと音を鳴らしてそれは現れた。
淡い淡い火の玉。
ゆらゆらと不安に揺れるその様は人工的には作り出せないものであり、ポワルンが再び威嚇した途端に対抗するかの様に炎の面積が広がった。
炎タイプのポケモンか、或いは炎技を使うポケモンのどちらかだろう。
遺伝によって炎技を取得した他のタイプポケモンの可能性も有るが、遺伝技を取得するポケモンを生ませるのは何かと難しい事だ。大量の卵を孵化させた後に個体値、性格の厳選となる。それはまるで、色違いのポケモンを産ませる迄に大変な事だ。
人によれば希少価値のあるポケモン。それをみすみす捨てる事は無いだろう。となれば残される2択。
対峙する炎の大きさからして中型、大型では無いのは確か。なれば、進化前叉は小型のポケモンとなる。
せめて一鳴きしてくれれば直ぐに特定が出来、対策も打ちやすいものを…………。
赤のラインが入る黒い手袋を嵌めたジンが暗闇に浮かび上がる火の玉へと指を指す。
すると、ポワルンが意気込む様に声を上げ前線へと出その後衛でエテボースが懐中電灯をポワルンへと向けた。
「ポワルン!ふるいたてる!」
ポワルンへの指示が飛んだ瞬間にバトルは始まった。
ポワルンは軽やかにクルリと一回転しては、可愛らしい声を上げる。しかし、その声とは裏腹に小さな球体はプルプルと震えると同時に、透明感のある身体は徐々に赤身を帯びていく。
そしてポワポワー!と勢いのある声を上げれば、瞬時にその身体はザクロの実の如く真っ赤となりポフン!と白い湯気を全身から吐き出した。
「ポワ!」
フフン。と鼻で笑うかの様に鳴いたポワルンに、暗闇の中で対峙する炎の面積が広がる。
ポワルンの煽りに乗ってしまったのか、威嚇する様に炎がメラメラと大きさを増し一瞬だけ大きくなった炎。次の瞬間一回り大きく振り返っては、その炎からいくつものの玉が円を描き襲いかかって来た。
ぐるぐる描いた渦にポワルンは一鳴きしては、慌てて浮上し回避する。ゴウ!と激しい炎はポワルンの真下を通って行き、攻撃が外れたかと思われた。
しかし、真っ直ぐに伸びていた炎の円は浮上したポワルンの後を追い、真上へと進路を急に変えた。
追跡してきた炎の円にポワルンは鳴き声をあげる間もなかった。
描いた円の中へと閉じこめられたポワルンがダメージを受ける。勢いを止めない円はぐるぐるとポワルンを囲み、まるで逃がすまいと隙間を作る事無く攻撃する。
『炎の渦か』
徐々にそして確実にポワルンへと加算されていくダメージ。威力こそ弱いものの、その状態が長く続けばこちら側が不利と成りやすい。後衛にて懐中電灯を構えるエテボースが、心配そうに一鳴きするのを耳が拾う。
目の前でポワルンを捉えて離さない炎の渦。舌打ちし、くわえていた煙草が小さな揺れ面倒だとジンが零した。片目は相変わらず炎の渦に閉じ込められているポワルンを捉えるものの、同時にその後ろで揺らめく一つの炎をも視界へと捉える。
炎の渦。
特殊攻撃の一つで渦にハマったポケモンは、その勢いが収まるまでボールへと下げる事は出来ない。
フットワークの得意なエテボースに交代すべきかと思ったが、炎の渦を食らった今更である。
『ポワルン、渦から抜け出しみらいよち!』
指示を受けたポワルンがぐるりと描く渦の隙間から身を乗り出した。
炎のダメージを受けながらもポワルンは渦から抜け出す。ぐにゃりと歪んだ空間は、何も無かったかのように静かに元に戻った。
だが、ポワルンは慌ただしく移動すれば、先程までいたそこへと炎の渦が襲いかかる。
右へ左へ。
忙しなく移動し回避するポワルンの後をしつこく追いかける渦は、静まる気配が無い。
本来ならば2、3ターンで終わるだろう炎の渦は、威力を失う所かターン事に火力を増している様にも見える。
一定方向にしか動けない筈の炎の渦が、見惚れるかの様に様々な角度へとねじ曲がっては執着するかのようにポワルンを追尾する。
『(何かを持っているのか?)』
実でも道具でも……。
どちらにせよ手ぶら状態では無い相手に、対策法を変えるしかない。
入手方が難しい襷や玉を持っている事は無いだろうが、「もしかして」の場合を想定する。
炎の渦から抜け出す事のできたポワルンをボールへと戻す事は出来る。
やけにしつこく追い掛けてくる炎の渦。小回りが効き暗闇に目が効くポケモン、或いは気配を敏感に捉えれるポケモンでこの状況を変えなければならない。
ガタガタ。
ベルトに付けていたボールの中のひとつが揺れた。
ガタガタ。ガタガタとやけに震えるボールに気付いたジンと同時に、ノイズで聞き取りにくかったインカムの向こう側が突然クリアな音を発した。
《駅長代理!其処から離れて下さい!》
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