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ふわふわと漂うポケモン。ゴーストタイプかと思われるものの、そのポケモンはれっきとしたノーマルタイプのポケモンだった。
ポワン……と可愛らしく鳴いたそのポケモンは、煙草をくわえる駅長代理の側へと寄ってくる。のぞき込んできた視線の先には文字が綴られ、そのポケモンにはさっぱり分からないものであった。
疑問符を浮かべるポケモン、ポワルンを気にせずジンは黙々と書類を読んでゆく。
そして器用に煙草をくわえたまま煙を吐き出し、ミシリとタバコを噛む音を零した。


『トレーナーの分からないポケモンが、ねぇ……』

書類を受け取ったジンが綴られる文字を読み上げるも、向かいにいる職員ラムセスはただ無表情でタバコを吹かすジンを見つめるだけだ。その表情は固くほぐれる気配は無い。ただ、ジンがくわえる煙草から上がる煙、それを鬱陶しいそうに目を細めているだけである。
受け取った報告書。その内容にジンは舌打ちをする。
それにラムセスがどうしますか?と感情が全く籠もらない言葉で問えば、ジンは目を細め書類をラムセスへと押し付けた。

『私が見に行く』

その言葉にラムセスは目を見開く。
何故?とつい零れてしまった台詞を先に拾い上げてしまった駅長代理は、運行ダイヤを狂わせてしまう可能性が有ると難なく答えた。
違う。そう言う事が聞きたいのでは無い。と……紡ぐ直前の台詞は、インカムへと入ってきたノーマルシングルを挑戦していたトレーナーの連絡事項により遮られた。
スタンバイするべく去り際に『夜勤組みに伝えておけ』と言い残し、ジンは従業員用のテレポートパネルへと向かった。
これからバトルをするのだと気付いたポワルンが、嬉しそうにジンの背中を追いかける姿をラムセスはただ見守るしか無かった。

そんな会話をしたのが今から十時間前の事。
会話を交わしたのが昼前で、今は深夜近くな時間帯。人は寝静まり活動するのは夜行性のポケモン位だろう。いくら星が煌めこうが夜には変わりは無く暗い。そしてここ地下鉄には朝や夜の明るさは全く関係ない。
常に薄暗いこの地下鉄は昼前同様の明るさを灯すものの、運行時間を過ぎれば節電の為と照明などの明かりが落とされる。

必要最低限にしか灯されないギアステーションのホーム内、非常階段を示す緑色の明かりはとても不気味で慣れてない者からすれば恐怖そのもの。
その空間に差し込む小さな光。光は線を描きゆらゆらと揺らめき周囲をくまなく照らして見せた。
しかし、揺れすぎるその光は不安定で酷く危なっかしい。大丈夫かと思った矢先にやっと光は安定した角度で留まるも、同時につまらなそうな鳴き声が一つ上がった。


『ポワルン、遊ぶな』


そして後を追うようにエテボースの鳴き声が上がる。
ゴツゴツとタイルを踏みつけるジンは薄暗いステーション内を突き進んでいた。
近くにはいくつものベンチが置かれており人の気配は無い。
尻尾で器用に懐中電灯を持つエテボースと、自分も自分もせがんでくるポワルンを引き連れるジンは周りに何も無いと確認しトレインが走る線路へと静かに降りた。

終電となるトレインは倉庫へと収められ、今の時間帯にトレインが走る事は無い。しかし、トレインが走らないと分かって居ても何処までも続く真っ暗闇な線路先は気味が悪く、足元が竦んでしまう程に周りは黒一色だった。

ポケットに入れていた小さな電子機器を取り出す。画面に触れ表示される文字にパスワードを打ち込めば、小さな液晶画面にいっぱいに映し出す図面から視線を外した。
3Dで構成されるギアステーション内の図形。人差し指でぐるりと回せば回転し二回タッチした箇所が大きく拡大される。半透明をした図形には数字が書かれ、ゴツゴツと線路内を歩いていたジンの視界を横切った数字をチラリとみる。

『5番ホーム。シングルトレインのホームか』

非常出口を示す緑色のランプと救急用医療機が設置されていた。
間違いない。
あの報告書の内容通りならば、此処の線路内叉はホームのどこかにトレーナーから離れたポケモンが迷い込んでいるとの事。
いや、もしかしたら野生かも知れないポケモンだが、そのポケモンを発見した職員の話によれば野生のように無闇に技を出しては来ないとの事。捕獲しようとした相手ポケモンの技を回避し、巧みに攻撃してくるスタイルがバトル慣れしているとの話だ。
そして上手く回避したそのポケモンは見事に線路先へと姿を眩ませてしまうらしい。

此処はバトル好きと称される廃人達は常に強いポケモンを求める。特性、性格、能力値と言った全てのステータスの中で、高個体のポケモンを求める。その為には能力値の高いポケモンを親に持つポケモン。子供となる生まれたてのポケモンが必要である。
此処にはポケモンの能力値を見極める事が出来るトレーナーが居る。彼に診断して貰う為に何十、何百ものポケモンの卵を孵化し誕生させては見せに来る。
勿論個性を持つのは人間だけではなくポケモンも同様。個体差がある様に能力値もバラバラであるが、トレーナーにはそんなものは関係ない。生まれたてのポケモンを望まない能力だと保護センターに渡さずその辺りに棄てる者も居れば、育て居る最中にバトルスタイルを変えようとし育成していたポケモンを手放す者も居る。つまり、トレーナーの自分勝手な意識によりポケモンのこれからが全て左右される。
察するに報告を受けたそのポケモンは、バトルスタイルから外され棄てられたらポケモンと見ても良いだろう。野生だとしても能力値が高いポケモンだ。このままギアステーションに居座らせる前に保護し野生に帰す方法をとらなければならない。
何人もの職員がそのポケモンを捕獲しようと挑んだものの、上手い具合に逃げられ暗い線路内へと姿を眩ませてしまう。
流石にこのまま放置して居るとトレイン運行に響くと思ったのか、昼休み中にジンへと報告書が入った。
つまり、職員達で片付けようとしたらしいがそれが出来ず、やっとジンへとその内容が伝えられた。
報告書が届くまでの間、全くと言って知らなかったジン。
それまでジンと職員達の関係は悪いと言う事である。報告書を持ってきたラムセスの顰めっ面がそれを物語って居る。
報告書上では一週間前と書かれているが、ジンに頼る事を嫌う職員達だ。きっとそれよりも前にこの件に関わって居たに違いない。

勝手に自分達で問題を解決しようとしやがって。
今回はまだ運行ダイヤに響くトラブルを起こすまでは行かなくとも、もし何かあったらどうするつもりなのだ。
こみ上げる小さな怒りが無意識に歯を鳴らすも、そう言った関係を作り出してしまったのは誰でも無い自分自身だと言う事を思い出す。

再び手元の端末へと視線を下ろす。
ピピ!っと赤いアイコンが3つ表示されたそれは、丁度自身達が立っている場所であり数も有っている事からしてジンとそのパートナー表示アイコンだと把握出来る。

目指す先の路線を表示させれば、瞬時に広がる無数の3D映像に眺めていたポワルンが抜けた声を上げた。
まるでアイアントの巣の様に、あちこちに広がる線路図に迷子になりそうで怖い。

しかしジンは端末から視線を外し、その暗闇の先へと足を伸ばせば真っ暗な足元を照らす為にエテボースも進み始める。
さ迷うポワルンはジンの襟のジャケットへと身を寄せる事で承諾した様子。


『(対象ポケモンは一体。予想からして育成中に捨てられたか或いは手持ちから脱走したか………)』


此処の職員の腕はそれほど弱くは無い。ごく希にジンが気に入らないとバトルをふっかけてくる職員も居るが、だいたい手持ちの一匹は戦闘不能にされてしまう。
彼らも挑戦者を打ち負かすと言う仕事を受けている。腕っ節が弱くてはギアステーションには居られないのだ。
そんな職員を上手く交わして逃げ回るポケモンだ。野生や孵化したてな訳が無い。
個体値の高いポケモンだろうが、如何せんトレーナーに捨てられたポケモンだ。人間に対して何かしら恨み或いは恐怖を抱いているに違いない。
相手を深く追わず隙を見て逃げている辺り、人間を恐怖対象として見ている可能性が高い。
恨みだとすれば、捕獲しようとバトルを仕掛けた職員のポケモンを負かすまでは離脱しないだろう。

行動がイマイチ把握出来ない。

ふむ。と小さく零したジンは、掴めない黒一色の中へと伸びて行く線路を追う。

こんな所にポケモンフーズましてや食べ物。と言える物は存在しない。強いてゆうなればトレインが走る線路と、トレインを感知する端末にセンサー等々……。
ポケモンが住むには不釣り合いな空間。

ポケモンが住む森や山に海から離れたこの場所はどうみても人里で、尚且つ地下鉄と言う人工的に作り出した場所にポケモンが生まれる訳が無い。(まぁ、ヤブクロン等は例外だが)
弱肉強食で成り立つ自然界の摂理はポケモンも同様で、何かを口にしなければ大概のポケモンはこの世界では生きてはいけない。
水すら無い地下鉄は生きるポケモンには地獄でしか無い。

早く見つけなければ…。

無意識に早足となったジンに、エテボースは合わせる様に歩調を早める。


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