クリッピング | ナノ



ごゆっくりどうぞ。


カチンと小さな音を鳴らして去っていく姿、何も答えずに居るのはその人物がヘッドホンをつけているからだ。
強く閉じられていた瞼が静かに開けられば自身に瓜二つの彼と、二匹のポケモンの姿に安堵した。

シッポウシティにあるカフェソーコ。
ゆったりと時間が流れる昼下がり、木の影に隠れている一席にツバサは座っていた。


見事に晴れ渡った空の元、緩やかな風を受けた束ねた髪が左右に揺れる。
同時に向かいの席に座って居た彼が、注文していたスコーンへと手を伸ばす。すると、隣の席に二匹一緒に座って居たらしく、テーブル越しにそろりとその顔を除かせていた。
フルリと揺れた二つの尾、欲しい欲しいと言わんばかりの眼差しが彼へと注がれる。しかし、彼は首を左右に振っては私が飲むで有ろう紅茶の隣へとスコーンを移動させた。

それにブーブーと文句する二匹は、タシタシと音を上げながら前脚でテーブルを叩く。



開いていた新聞を一枚捲る。
其処には此処より遥か向こうの大陸にある事件が、いくつも載っている。その中で自身が警戒している一団が壊滅した。との一文につい、口元に笑みが浮かんだ。

アカギと名乗る男を筆頭にした一団ギンガ団。彼等は宇宙の力を利用し、世界の為などと言いつつも自身等が描いた理想郷の為に動いていた一団だ。
端から見れば馬鹿馬鹿しいと思えるが、彼等が調べ上げた空間や時空に関しての情報は意外にも使えるものばかりだった。私達に利益がある。幹部から命令でギンガ団に潜伏し欲しがっていた情報を頂いていたのは、今から半年前の話。勿論一人では事を終えるのに時間がかかるため、派遣された工作員数人かをギンガ団へと紛れ込ませた。逮捕されたギンガ団一覧の中に、彼等の偽名が乗っていない所を見ると上手く逃げ切れた模様。

彼が差し出したスコーンを自身の元へと寄せる。柔らかな感覚と共にかかっていたハニーシロップが、鼻を擽る。

うーん…スコーンじゃなくて、スクランブルエッグのサラダ付きにすれば良かっただろうか……。
甘い香りが鼻につく。もし、自身が追われる場合に体臭と共にこの匂いのせいで、短時間で逃げ切れる可能性が低くなる。
考えるのはやはり先の事。もしもの事。ばかり。
機関に長く浸かりすぎた経験から、思う事はそればかり。

ふと、届いたのはキャッキャッと可愛らしい声。
スコーンから視線を上げた先には、今流行りだろうシンプルなショートスカートを履く2人の女の子。
遠目からでも分かる毛並みの良いチラーミィとシキジカ。向かう先はミュージカルだろう。自身には関係ないと言わんばかりにフッと鼻で笑えば、食べかけのスコーンへとフォークがのびる。
サクリと音をたてればかけていたシロップが重量に従い、ゆっくりと垂れていく。
それを眺める二匹のポケモンが、更に自身の存在を主張するように尾を揺らす。
ダメなものはダメ。人が食べるものをポケモンに無闇に与えてはならない。
味覚が違う事も有るが、何よりポケモンが摂取する塩分と糖分が異なるのだ。
食べ過ぎると病気になりかねないものだってある。

分別ある食事を。
トレーナーとして当たり前の事だ。
後で拠点へと戻ったらポケモンフーズをやらなければ。へそを曲げられたままでは何かあった時に怖い。


「デラ?」

『は?』


ふと影が差し込んだ。
何だろうとスコーンを頬張ったばかりの顔で見上げれば、ふわりと浮遊するシャンデラが其処に居た。

(『シャンデラ?野生では無いみたいだが』)

フォークをかじったまま、テーブルの上で漂うシャンデラはただただ、ジッとツバサを眺めているだけだ。

誰かのポケモンだろうか?にしては、トレーナーらしき姿は見当たらない。
此処はポケモンを出しても大丈夫なカフェだ。きっとツバサの近くに座るトレーナーのポケモンだろうが、流石に他人のテーブルまでいってしまえばトレーナーが引き取りに来るだろう。
そう思って居たのだが………


「デラ〜」

『…………』


しかしふわふわと相変わらずツバサの目の前で漂うシャンデラ。
シャンデラのトレーナーは自身のポケモンが近くに居ない事に気付いて居ないのだろうか?
それとも?何か目的が合ってツバサの元へとやってきたか……

そこで、あ。とツバサは気付いた。

今自身がくわえているフォークの意味を。まさか、自身のトレーナーから食べ物が貰えないから、他のトレーナーの元へ貰いに来たのだろか。
有り得る。

ジッと見つめてくるシャンデラ。
イッシュ地方にしか生息しないポケモンなだけに、ツバサは胸が踊るのを止められない。
だが、自分のポケモンどころか、他人のポケモンの体調を崩しかねない食べ物を簡単にあげる訳にも行かないのだ。


フッと口元が緩むのが分かった。

何も持って居ない手でシャンデラの胴体に触れてやれば、シャンデラは少しだけツバサへと近寄り嵌める手袋へと身を寄せた。


『悪いが、食べ物は自分のトレーナーから貰ってくれ』


囁く程度にしか呟かなかったその言葉を、聞き取った存在なんて目の前のシャンデラとツバサ瓜二つの青年、そして手持ち二匹のポケモン位だろう。

シャンデラはツバサの言葉の意味を理解したのか、再び小さく鳴いてはカフェの奥の席へとその姿を眩ませた。

どうやらシャンデラのトレーナーは室内に居るらしい。
まぁ、自身には関係ないと再びスコーンにフォークを通し、読みかけだった新聞へと再び視線を戻した。

視界の隅っこでは、恨めしそうにスコーンを見つめる二匹のポケモン。エーフィとブラッキーの姿を捉えるも、ツバサは知らぬふりでそのまま文字の羅列へと集中した。


















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