手を伸ばした。
それはゆるゆると宙をさまよい、見つけ出したその背中を瞳に写し出した途端に目の色が変わった。
それは明らかに瞳孔が開き見開く瞳の向こうには様々な色が重なり、色を生み出す。
不安定だった指先には感情が籠もり、捉えたその存在へと一直線に伸びて行く。
逃す事無く、間違える事なくただただ一直線に………。
何かを呟いた。
まるで、そよ風の様に決して誰かが気に止める事の無い位の僅かなそれは、決して人の耳には留まる事なく右から左へ。
『……っ………に……』
開いた瞳孔に、また新たな色が宿った。
さぁ、触れて見せよう………。
「兵助君」
後ろから掛けられた声に釣られる様に振り向いた途端に、伸びていた手がまるで何もなかったかの様に静かに消えた。
そして、先ほど迄いた何かの後に重なる様に現れた存在。
映えた金髪を靡かせた彼が着るのは四年生の元髪結い、斉藤タカ丸であった。彼は僅かに背丈の低い自身の先輩だと確信すればフニャリと笑みを浮かべる。
「何だか久しぶりな感じがするね」
「そうだな。委員会もずっと休みだった訳だし、そう言われるとそう感じるな」
斉藤タカ丸は本来は六年生と同じ学年、その為、五年生の兵助と並べば背丈の関係か、どこか違和感を感じられる。しかし、本人達はそう言ったものに興味が無いのか普通通りに会話を交わす。
委員会で顔を合わせる二人だが、学園に居れば廊下や食堂などでもすれ違う事もあるだろうが様子から見て、それはなかったみたいだ。
テスト週間もあった為か、その間の期間も含めばやはり久々である。
「今日からまた委員会活動が出来ると思うと、俺、凄く楽しみ!」
忍術の勉強もそうだが、何より委員会活動を一番に楽しんでいるタカ丸にとっては委員会の仕事は何よりも楽しみであった。
火薬委員である彼でも髪結いの仕事をしていた為、一年生よりも知識が衰えるが勉強熱心な事もあり何とか三年生が覚える火薬の知識は取得した。
知らぬものばかりな世界の中で、確実にそして確かに一つ一つのものを覚えて行っている事に喜びを感じていた。
地味だと言われようと、他の委員会に比べ目立つ様な行動及び事件を起こさないこの委員会は、何よりも楽しく幸せの他ならない。先生や年下の先輩。正直じゃない意地悪な二年生に天真爛漫な一年生。
その輪の中で共に行動し、陰ながら学園に貢献しているのだ。
「兵助君、今日は何をするの?」
「今日は火薬庫の埃落とし。テスト週間でずっと溜まっていた埃や塵を綺麗に掃除するんだ。じゃないと、火薬を調合した時に異物が紛れ込んで誤爆や本来の威力を半減させてしまう恐れが有るからな」
彼の言う通り。埃や塵と言ったものが混ざった火薬は本来有るべき威力を殺され、その力を最大に発揮する事が無くなる。
上級生となれば火薬を使った授業を行う回数が増え、それに対する慎重性も増してくる。
その為に、委員長代理である兵助からすれば、これほど迄に物に対して慎重に扱わなければならない委員会は無いだろうと思って居る。
自身もだが、委員会の後輩達には大切に扱う様にいつも言い聞かせている。
僅かな水気を吸っても駄目に成る。僅かな異物が含まれても駄目に成る。
それを皆分かって居るのか、彼ら皆キビキビとした働きを見せている。
分からない物やどう扱うべきか不安な物等は、委員長代理である兵助や担当の先生にすぐさま聞きに来る。
恵まれた後輩を持ったな。と、しみじみ感じる彼、兵助であった。
故に、表情には出していないながらも、兵助自身、これから行う委員会が楽しみだと言う事は決して口や態度にしたりはしない。
上級生ならではのプライドもあるのかも知れないが……。
「さて、それじゃ行くかタカ丸」
今週は色々と遣らなくてはならない事が多く、大忙しだぞ。
そう笑う兵助に連れられ、タカ丸も笑みを浮かべ彼のあとを追って見せた。
自身から離れて行くその背中。
あと少しと言う所でこの指先が触れなかった事に、僅かな怒りを醸し出したその存在の中を廊下を駆け行く忍たま達がすり抜ける。
同時に手で払われた煙の様に、それは誰も気付く事無く周りへと融けて行った。
了
101202
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現13-総55
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