謳えない鹿3 | ナノ





『……臭みですか』

「火を通す事で味はしっかりとして食べやすく、栄養分もあるからススメては居るんだが臭いが耐えられないとかでな……」

頭を抱えて唸りだした八左ヱ門に亮は首を傾げる。
亮、向こうの学園ではどうして居たんだ?俯いていた八左ヱ門がそろりと顔を上げたと同時、傾げていた薄桜色はにっこりそしてはっきりと答えた。

『そのまま生で』

「おまえに聞いた俺が馬鹿だったよ」

再び塞ぎ込む五年ろ組竹谷八左ヱ門に、よくわからないといった雰囲気で疑問符を浮かべる。

相変わらず痛んだ髪を束ねる彼、八左ヱ門はある件にて頭を抱えていた。生物委員会を引っ張っていく彼は、生物の世話の大切と共に自然界の厳しさ、命の価値を教えねばならない。虫遁と言う忍術を使う為に、昆虫といった虫の重大さは既に教え込んでいた。さて、次に学ぶべき生物委員会の作業中の事である。
忍者食の不味さを覚え同時に昆虫すらも食にすると学んだ彼の後輩達だが、ある虫だけはどうしても食べれないと首を振り続けた。初め虫を食べた時の抵抗力も凄いものだが、いまは慣れ始め問題ない。が、ある種の虫を調理する過程で火を通した瞬間、放つ異臭により蜘蛛の子が如く一年生は姿をくらました。

「臭いが強力なのは分かってるんだよ。しかし、この虫は繁殖力が高く森だけじゃなく屋根裏にもよくいる」

こいつらを食べれるようになれば、いざ長期潜伏任務時は食に困る事無いんだけど……。

ガリガリと頭を掻いた八左ヱ門が肩を落とす。
前の学園で野外授業をメインとしていた亮。きっと亮ならば、非常食によく食べられる虫の調理法を知っている筈だと聞きに来たが外れだったようだ。

確か亮は野外での授業、つまり潜入、潜伏などが中心の学園に通って居たが、食事は肉を主食にしていた事をこの時になって思い出す。

たまに野菜や魚を食べていたらしいが、手っ取り早く筋肉をつける為にスタミナ消費の激しい運動をし、失った体力を補う目標で肉ばかり食べていたと聞く。
いくら肉が主食と言えど野外で活動する中、忍者食や虫を食べる機会は数え切れない程あった筈。なんだが………

「流石に生はマズいだろ!」

『忍者がわがまま言っている場合ではないかと』

「俺達上級生ならその言葉は通る」

だけど、相手はまだ一年生だぞ?
そんな事言ったって無理強いさせたくないんだ。

「しかも相手は育ち盛りな一年生!いろいろ食べ同時に好き嫌いがはっきりしてくる時期だから尚更だ」

『ゆくゆくは忍になる者が、好き嫌いどうこうのと言っている場合は無いのでは?』


確かにその通りである。
確信をつかれた八左ヱ門はグッと言葉を詰まらせた。追い討ちをかけるように亮は言葉を続ける。


『生死が関わる状況下の中、どんなモノであれ好き嫌いと言ってる暇はない』

と、教えるのも手だと思います。
口元をおさえながら亮に彼は確かそうだけどさ……と小さく零した。

忍を目指す者は数多く居るものの、その職で食っては長生きできる訳ではない。次々と起きる予測不可能な状況下で対処し、逃げ生き延びるのが忍の性だと言う人もいる。任務内容によっては絶食を強いられる環境下で、対象物を監視し続けるものだってある。しかし所詮人間。一週間以上飲まず食わずで生きてはいけない。手元に食料がない。確保出来ないその時は地面にできた泥水を啜り、土、雑草、木の皮を無理やり食べなければならない時だってある。尚更だ。


「本当はそう言う意味で教えなきゃならないのが、俺の役目であるのは分かってるんだ。けど、どうしてもそれが出来なくてよ………」


何故です?

問いかけられた亮のセリフ。すると悩んでいた顔が嘘のように晴れ、彼はにっかりと笑った。


「可愛い後輩の為だ!」


そんな後輩達に嫌な思いはさせたくないんだ。
きっとこれから色んな嫌な体験や思いを経験し積んでいくだろ?些細な事かも知れねーけど、少しでもイヤな事は払って遣りたいんだ。


『…………』

可愛い後輩ですか。

こぼすようにポツリと呟けば、照れたように八左ヱ門は頬をかく。


「まぁな。アイツ等にとって二年ちょいしか居られない俺だからこそ、何かやって起きたくてよ」

『……、…』

「お?何か言ったか?」


ふと視線を亮へと戻す。
相変わらず柔らかい笑みを浮かべた薄桜色は、いえ、なんでも有りません。と素っ気なく答えた。



「竹谷先輩!」

聞き覚えのある明るい声。亮が立つ後ろ廊下。水色の忍装束を着た小さな影が、ワラワラと走り寄って来るのが見えた。
向かいにたつ亮の横を、バタバタと過ぎ去る。そしてダイブするかの様に八左ヱ門へと一年生達が飛び込んできた。


「先輩!こんにちは!」

「おう!こんにちは!相変わらずおまえ達はーー」

「竹谷先輩!竹谷先輩!昨日カメムシのカメ子が、僕お手製のご飯食べてくれたんですよ!」

「おお!そいつは良かったじゃないか!その調子で他の生物達のご飯をーー」

「先輩今日の小屋掃除俺がやっていい?昨日一生懸命ーー」


次から次へと投げられる言葉達。一言一句聞き漏らす事なく、懸命に拾い上げる彼は少しばかり苦笑い。しかし、苦痛の色は見当たらない。
相変わらず元気だな。おまえらちょっと落ち着け。ちゃんと一人一人聞いてやるから。

勢いある一年生の迫力に圧倒されつつも、幸せだと言う色合い。


〈悪い、亮〉

矢羽音。
発信源は亮の目の前にたつ竹谷八左ヱ門から。
眉を八の字にした彼は小さく首を下げては、再び亮へと矢羽音を飛ばした。


〈今からこいつらと委員会活動だ〉

《わかりました。では、僕はこれにて》


二人しか通じない矢羽音に、一年生は全く気づきはしない。ただただ、自分の話を聞いて欲しくて憧れの先輩へと主張する。


《竹谷さん》

〈おん?〉

《炙りがダメなら蒸し焼きにする手もありますよ》


試しにやってみてはいかがかと。

にこりと笑う。そして、綺麗に一礼。
頭を上げた亮は、音を立てる事なく廊下を進む。
先ほど一年生達がやってきた廊下。揺れる薄桜色に、背中からかけられる一本の三味線。

蒸すのも悪くないな!

姿が消えかけた亮の背中。
竹谷はありがとう!やってみるよ!と静かな矢羽音を飛ばしてみせた。

目の前でキャッキャッとはしゃぐ一年生達の声の中、ふと、何かが混じる不調和音。

何かを弾く音。

空耳だろうか?

何となく聞こえたような気がした。
気がした程度で、それ以上の追究はしない。
そして彼は気づかなかった。自身の腰元にしがみつく、一人の一年生の存在に。













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