謳えない鹿3 | ナノ



こんな時代だからこそ私は下の子の手を引いた。こんな世界だからこそ私は下の子を此方の世界へと引きずり込んだ。

ある昼下がりの事だ。いつもの様に授業を終えた私達を出迎えてくれたのは私の「きょうだい」だった。姉様、姉様と私に走り寄ってくる「きょうだい」が可愛らしく、目に入れてもあれは痛くない。と断言すれば、我が同級生達はうわぁ…と一歩後退する。しかし、下の子は姉様も僕の目に入れても痛くないないです!なんてフォローに入るもんだから私は溜まらず抱きしめてやる。
畜生なんて可愛い子なんだ!
むさ苦しい同級生しか居ないこの学園だが、この子が入学し私達だけしか残らなくなってからはこの子が私達の癒やしと成っていた。以前、進級試験で一時的にある城に紛れ込んで居たこの子だが、其処の組頭と対面した時に学園を卒業したら是非入って欲しいと勧誘を受けた。しかし残念。あの城の忍はこの学園の教育方針と異なる忍の使用を行う。故に私は断った。「ペド野郎に私の可愛いきょうだい渡すか阿呆」と言う言葉のオプションを付けて。
姉様?
下から上がる声に思考が現実へと引き戻される。
私は視界の半分以上を遮る前髪の間から、下の子を瞳へと映し出す。心配する様なその不安げな顔をさせてしまった私は、笑み口元に貼り付けきょうだいを撫でた。
ふと、狭められた細い視界の中で、私が捉えたのは学園の壁に掘られた線の傷後。それは私の卒業試験迄の日数である事が刻まれて居た。


* * *









ゼェゼェと肩で息する彼は四年生の制服を着ていた。汗だくの彼が座り込む周りには他三名の生徒の姿、一年生、三年生、二年生の順で地面にへばりついて居る。約一名程何故か縄に繋がれそれを離すまいと握る四年生に、部外者からして見れば新手のプレイかと疑問を抱くものでしか無い。
息を吸っても吸い足りない。そんな雰囲気を醸し出す4人だが、一名だけが何故か息切れと言うものはせず、逆に清々しい顔つきで腕組みをしていのだった。


「何だお前たち!もうへばったのか?!」


相変わらずだらしないな?ガハハ!と笑う彼、七松小平太に地面へ倒れ込む一同は誰のせいだ?!と同じ事を抱く。
体育委員会体育委員長、七松小平太。別名、暴君。彼の底知れぬ体力に追いつく生徒なんて、誰一人居ないだろう。体力だけでは無い。莫迦力。では収まりきれない怪力や動物並の反射神経は、彼を置いて上に登る存在は何処にも存在しないと言った方が適切だ。

身体能力がズバ抜ける彼が率いる体育委員会。実技授業で使用される備品の管理、野外授業へ使用する地域の安全確認等意外と知られていない活動を行って居る。では、彼らの息切れはそれらの仕事内容からか?
違う。
只単に小平太の体育委員会活動と称したストレス発散に付き合わされて居る。だ。しかしよく考えて見ると、先ほど述べた体育委員会の仕事はどうして居るのか?の疑問。いつもいつも学園外迄行動範囲を広げ活動している体育委員会しか見ない生徒達だが、こう見え体育委員会は活動しながら仕事を終えていたりするのだからびっくり。
体育委員長の小平太は何かと体を動かしていたい体質な為、じっとしているのが苦手だ。だが、体育委員会の仕事をサボる又は放置する訳に行かない彼は、委員会に科せられた仕事を手早く終わらせる。
実技授業で使用する備品の管理は、用具委員会と仕事内容が被るが用具委員長曰わく備品管理を任せると危険。との事で向こう側が引き受ける事になったらしい。では残りの野外授業での地域安全確認は?
そんな物は彼の発した長距離マラソンの休息ポイント先として利用される。長距離のマラソンで疲れた後輩達を置き、周辺の森等へ向かう。
つい最近この辺で戦が行われていたのか?一般人が住む村や集落が有るか?商人に飛脚が通る道が隠れていないか?
忍者を育てる学園は外部には知られてはいけない。一般人に関われない様に関わりに成らない様に。つまり人目を気にしなくてはいけない地の確認と言う事だ。
それらを迅速に且つ見逃さずに行えるのは、動物並の身体能力を持つ彼にしか出来ない技である。

今日も先生から指定された地への下見込みでな長距離マラソン。
無事委員会の仕事を終え同時に動き足りなかったストレスも発散。
一石二鳥だ!と笑う彼に反論出来る人物等この場には一人として居なかった。



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