謳えない鹿3 | ナノ





「うーん、教室に戻ったか?」

廊下の角を曲がったタイミングでそれは発せられた。死角であった為まさか其処に人が居るとは思わず、目を見開き驚いてしまう。気配を綺麗に消していた為か、視界に入った瞬間その人物が以外と近くにいた事に驚く。勿論隣にいる友人も端っから気付いていなかったらしく、彼同様に小さな声が零れてしまう。
振り返るその背中。
脇に名簿帳を持ち、おお、とにこやかに笑みを浮かべたのは一年は組教師土井半助だ。


「こんにちは土井先生」

「やぁ、潮江と善法寺じゃないか。今から授業か?」

「いえ、合同演習用に忍具を先に出しとこうかと思いまして。土井先生は?」

「私は亮を探して居るんだ」

見てないか?

土井先生の言葉から現れた存在に、潮江文次郎は眉を潜めた。しかし、隣にいる友人は気がつく筈もなく、亮にですか?とそのまま話しを進めてゆく。


「ああ、亮に補習用のプリントを渡しそびれてな」

「補習?亮が?」

意外だと言う善法寺に、彼は皆同じ事を言うと小さく笑って返す。

「飛び級したとは言え、全てを完璧にこなせる訳ではないさ。あの子にも得意、不得意ぐらい有るだろう」

「と言われても周りから聞く亮の評価はどれも高いものばかりですし…」

まぁ、そうだろうな。と、土井先生は苦笑する。

「こればかりは仕方ないと言えるが、亮はまだまだ幼い。あれこれと自身の理想を押し付けないようにな?」

「それは油断をするな。と言う意味も含んで居るのでしょうか?」

今まで黙っていた友人の発言に善法寺は首を傾げる。
意味ありげな文次郎に土井先生がクスリと笑う。


「周りの評価だけでその人物を判断するな。四年の授業で習ったろう?」

「情報は武器だとも習いました」

「まぁ、そうだな」

「先生は亮をどう思っているんですか?」
「文次郎?」


亮に対して何かと聞きたがる友人の姿に、伊作は疑問符を浮かべる。
飛び級してきたあの亮の噂は良いものばかりで、伊作の中では出来の良い後輩と言う印象が強い。


「私は良い子、だと思うぞ」

「それは、普段の態度から見てですか?」

「それも有るけど、何よりあの五年は組に溶け込んでいる事を評価しているんだ」

「五年は組に?」


脳裏によぎるのはほんわかは組。なんてバカにされている後輩。
五年生になりながらも座学に実技共に評価はよろしくなく、下手をすれば四年生よりも下回るのではないかと一部の生徒は噂していた。が、この五年間を共にしてきた絆は確かで、その結束力は六年生を上回る。


「彼等は仲間内の結束力が強い分、他者に対しての依存性が存在しない。逆にそれは他者である第三者を敵視してると言う場合もある。それほど強い絆のある五年は組が亮を受け入れた」

これは凄い事だぞ。

と笑う彼に、片やハァ…と間の抜けた声を、片や無言で何も返さない生徒。


「悪く言えば閉鎖的空間である五年は組の空気を変えるきっかけだと私は思うよ」

「そうですか…」


どこか納得のいかない文次郎に、伊作は怪訝な表情を浮かべたままだ。
何かいいたげだが、それを遮るように土井先生が肩を揺らした。


「まぁ、人の噂より自身の目で確かめた方がはっきりするだろう」
他人の意見程、信憑性が無い物はない。

「では、私は亮を探さないといけないから」

「あ、はい。もし亮を見つけたら、土井先生が探していた事伝えておきます」

「ああ、助かる。ついでと言っちゃアレだが、別の要件も伝えてくれるかい?」

「別、と言いますと?」

「この前四年生が襲われ怪我をおった話しは知っているだろ?」

「亮が関わっているのですか!」

「いや、そうじゃなくてな。まだ犯人は捕まっていないから、一人でフラついてると事件に巻き込まれかねない。出来るだけ他の人と動くようにと」

「何故亮が一人でいると?」

「あの子はまだ委員会に所属していないだろ?補習授業後をフラフラしてるのを見た生徒が多くてな」

気をつけろよ。とだけ言って欲しいんだ。

それじゃ、頼むぞ。
二人の肩をそれぞれ叩き、彼は廊下の向こう側へと歩いていく。
相変わらず足音はなく、角を曲がって行ったと同時に気配そのものが消えた。

その背中を善法寺が手を振って見送る。しかし、その隣に立つ彼の表情は曇り誰も居なくなった廊下を睨むだけだった。











140924

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