吊られながらも笑顔を絶やさない一年生に、亮はつい口元が綻んでしまうのが分かった。
それを悟られない用にと亮は静かに言葉を紡ぐ。
『いえ、僕は説教を受けている訳では無いんです』
「じゃあ、どうして此処に居るんですか?」
首を傾げる喜三太に一年生らしいあどけなさを瞳に捉えた亮が、フフ。と口元を隠し控えめに笑えば彼らを持ち上げて居た先生が仕方ないと小さく呟く。
「摩利支天は私の授業を受けに来ているだけだ」
「補習ですか?」
「そうだ。前の学園では学んでいなかった内容を今勉強しているんだ」
だからお前達勘違いはするなよ?
そう言って、のぞき込むように持ち上げた一年生の顔を覗き込めば、喜三太としんべヱの高い返事が上がる。
「亮先輩!土井先生の授業って分かりやすいでしょう!」
『それはとても。
知らない事を事も詳しく教えて頂きとても助かっていますよ』
「土井先生の授業は一年生の中では一番覚えやすいやり方しているから、先輩なら直ぐに覚えれますよ!」
『そうですかね?』
「そうですよ!何だってその土井先生の授業を受けている僕達が保証する位なんですから!」
吊られながらもエッヘン!と胸を張るしんべヱと喜三太の2人。しかし、分かりやすいと言われるその授業内容が一切頭に入らず、毎度毎度補習授業や赤点ばかり取っている2人の言葉に説得力を感じられないのは気のせいだろうか?
どこか遠い目をしている土井先生などに気が付く存在は其処には居らず、一年生と五年生はそのまま話に花を咲かす。
しかし、そこで亮が宙吊りとなる2人へと『要件は宜しいので?』などと言葉を紡いだ瞬間に室内は静かな空気のみと包まれる。
あれ?そう言えば、何しに来たんだっけ?
ふと2人が交えた視線の中に見えた会話。だが顔を見合わせたと思えば、何かを思い出したかのワタワタと慌て出す姿に亮と土井先生は同時に首を傾げて見せた。
「大変だよ喜三太!早く委員会に戻らないと、食満先輩に迷惑を掛けちゃう!」
「そうだった!急がなくちゃ!」
宙吊りになっている2人が慌てふためけば、言わずもがな土井先生の両手に負担がかかるのは当たり前。
彼の腕が悲鳴を上げる前にと、静かに床の上へと下ろして見せれば一年生は素早く立ち上がっては来たばかりの廊下へと駆け出して行った。
「それじゃ先生!僕達委員会に戻ります!」
「亮先輩!良かったら用具委員会に遊びに来て下さいね!」
丸みを帯びた小さな手が亮と土井先生へと振られる。
そして、騒がしく廊下へと駆け抜けその音が2人の耳へと届けば、土井先生は後を追うように廊下へと飛び出る。
そして、廊下は走るな!と高らかな声が上がり、あとを追うように抜け出した返事なる声は壁の中へと消えてゆく。
全く、あいつらときたら。
苦笑混じりに先生が教室へと戻ってくれば、走らせた視線の先で厚い前髪の向こうで輝く瞳が僅かに見えた。
『あれが、この学園の一年生ですか?』
「ああ、騒がしいけどそれがまた一年生らしいさだろ」
お前の学園でも流石に一年生はあんな風だろう?
そう笑う土井先生に亮は小さく笑い返してみせたのだった。
「そういえば、2人の言っていた忘れ物は良かったのだろうか?」
腕を組む土井先生に、亮は、さぁ?と紡いだのだった。
了
110204
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現16-総55
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