似た様な問題を出した所でも同様の答え。
ならば、と、50音順を書いて読ませた時に土井先生はなるほど。と静かに理解する。
「摩利支天。お前もしかして、一つの文字を分解して読んだり、似ている文字に読み替えて居るだろう?」
『分解、読み替え…ですか?』
「そう」
それも無意識に。
そう指摘した所で亮にはさっぱりだった。
無意識と言う事はそれは自身に自覚症状が無いと言う事。自覚が無ければそれに対する抵抗力も無くそのままで通してしまうのが人間。
「例えばこの「り」。お前ならなんて読んだ?」
『「い」です』
「逆にその「い」は?」
『「り」ですね』
何故そう読み間違えしまうのか?それは平仮名よりも先に習った暗号文字文解析能力が基礎である読み方を惑わしていると言う事になる。
暗号文字とは敵や間者に密書或いは秘密が書かれた文章が奪われた時に、直ぐに解読出来ない様に作られている。
その暗号文の基礎となるのが文字や漢字の「分解」から始まる。先頭に綴られる挨拶文から始まり、最後の敬具までに続く文章をこと細かにバラバラにした後、逸れを読める様に再び文章として作り直すのだ。
勿論それは文章の中に混じる平仮名も同様であり、一つの平仮名を分解し2つの読み方として変える時もある。
それらを先に習ったのだとすれば、こういった基礎の50音をちゃんとした読み方が出来やしないのも当たり前だ。
これは時間が掛かるな。
そう溜め息を付いた土井先生。だが、亮がふと、教室の扉へと視線を向けている事に気が付いた彼は、ああ。と小さな笑みを浮かべたのだった。
「気にするな。と言っても気になるよな?」
まぁ、一年生だから上手く気配が消せなくてな。
多目に見てやってくれ。
そう呟いた彼は、足音をたてずに戸の前へとやって来る。
手を翳し息を潜めば明らかに感じる2つの気配、それが幼く小さいものなのだと知れば土井先生の口元は無意識に綻んだ。
そして一気に戸を横へと開けて見せれば、驚きの声と同時に2つの影が教室内へとなだれ込んで来たのだった。
上げた悲鳴はビタン!と叩きつけられた痛々しい音によりその声量を半分殺されるも、続く様に上がった小さな2つの声に亮は厚い前髪の向こう側で目を丸くした。
「お前達、こんな所で何をして居るんだ?」
しゃがみ込んだ土井先生の視線の先には、床の上で倒れ込む2人の一年生が居た。
2人は罰が悪そうな顔つきながらも「えへへ」と、頭を掻く様子が亮の瞳へと写り込む。
「喜三太が忘れ物したからって、それで僕も一緒に」
「でも、先生が授業して居るみたいだから……どうやって教室内に入ろうかなって考えてたんです」
「だからと言ってずっと盗み聞きしているのは良くないぞ2人共」
また溜め息を吐く土井先生の姿に、この先生はよく溜め息をつくのだと思えた。それが当たり前なのかそれともこうなってしまった原因でもあるのか?亮はただ三人のやりとりを観察するだけだ。
だが、そんな中で感じたのは好奇な視線。土井先生に向けていた視線を僅かに下げれば、床に転がっている一年生から注がれているのだと亮は理解した。
其処で口元に笑みを浮かべては、こんにちは。と挨拶をすれば転んだままの状態で2人がニッと笑顔を作り出す。
「「こんにちは!!」」
何とも気持ちの良い挨拶だろうか。
そうしている内に一年生の2人は、土井先生の手を借りつつ何とか立ち上がる。
だが、立ち上がった途端に慌ただしく亮の元へと遣ってきては、机を乗り出す形で2人が身を乗り出したのだった。
「先輩って飛び級したって噂の五年生ですよね」
「どうやって飛び級したんですか?」
「どこの忍術学校に行ってたんですか」
「先輩は蛞蝓は好きですか?」
「先輩は美味しいお菓子持ってますか?」
いきなりの質問攻めに亮は唖然とし、そのままの体制からピクリとも動けなかった。
その様子をみた土井先生が慌ただしくこら!と声を荒げては2人の首根っこを掴み、ひょいっと持ち上げる。
「お前達!先ずは自己紹介が先だろ!」
その言葉に顔を見合わせた2人はあ!と手を叩いてはニッコリと笑顔を浮かべる。
「一年は組、福富しんべヱ!」
「同じく一年は組山村喜三太!」
『僕は五年は組の摩利支天亮次ノ介です。亮と呼んで下さい』
亮がそう言えば、2人の一年生がよろしくお願いします亮先輩!と声を挙げる。
「亮先輩は何では組に居るんですか?」
「土井先生のお説教を聞きに来たんですか?」
「先輩何をしたんですか!?」
「学園の私物を壊したとか?」
「それを言ったら六年生の先輩達はいつも怒られて居るんじゃない?」
「それもそうだね」
アハハハ。と笑い出したのは、話をトントンと進め勝手に結論を出した一年生達だ。
この子達は一体何の話しをしているのかがわからない。とりあえず今の会話の中で理解した事と言えば、六年生の先輩方は学園内にて破壊活動を行いその度に先生に叱られていると言う事だ。
それが今回六年生ではなく自身であり、そして説教する先生が土井先生でしかも教室が彼らの授業を受ける場所だったと言う事。
これでは確かに彼らもそう思ってしまいだろう。
だがそれよりも、彼らの会話の中に見えた内容。
六年生の破壊活動の方に何故か気が向いてしまう。
六年生はそんなに野蛮なのだろうか?
破壊活動………。
その活動に自身が巻き込まれない様に今後の学園生活に気を付けなければならない。
そんな事を抱く亮に、勿論気付く存在など居やしない。
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現15-総55
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