百合籠 | ナノ


『君、理解。未来、出現、故、君、心配皆無』


なんて、単語を一個一個放つそいつが私の目の前に姿を表した時の記憶は酷く真新しいものだ。
そんな狐の仮面の子に何度も何度も言われた俺は、気が付けば不在がちになっていた自身の部屋にちゃんと戻って居た。

灯される蝋燭一本の光だけを頼りにしながら、自身の布団を一組引けば隣の空間が嫌に空き、私は目を細めた。

今更だが、私は同室者の顔を見た事が無い。
この学園に入学して早二週間近くになるも、挨拶の一つすら交わしては居ない。いつもいつも図書室で夜を明かす事が日常化していた為に、自室で休むと言う行為を行うのがこれで二回目程度。

本当は1人部屋の方が良いのだが……

なんて、思って居ると音を立てる事なく襖が勝手に開く。
勿論私は驚いたが、つい最近見慣れる様になった狐の仮面の子だと理解すれば、自然と浮いた腰を静かに下ろした。

最近思うのだが、この子は可笑しな格好をしている。顔には狐の面をしその反対側には狸の面を付ける。そして、一年生の忍装束の上から明らかに女性者の着物を羽織り、裾や袖をズルズルと引きずっている。
が、今回はそれだけでは無かった。

『無言、肯定』

囁く様にいった狐の面の子の背中にはフサフサとした髪の毛が靡く。こいつのでは無いとすれば?と思えば、私が敷いたばかりの布団の上に背負っていたのだろうそいつを静かに寝かせた。

「………」

勝手に何を…
と、視線で訴えれば狐の面の子はパタパタと押入からもう一組の布団を取り出してはそそくさと敷いてしまう。

『君、此処』

ポンポンと今敷いたばかりの布団は、多分私が寝る場所の為。
すると、その子は今寝かせたばかりの子に静かに布団を被せては、私へと近づいては両手を握り締める。

『彼、君、台詞理解者、台詞、掬う、筈。遠慮、否否、普通、試し、接触』

だけ、言い残してはその子は襖の方へと行ってはバイバイと手を振ってはピシャリと閉めては居なくなってしまった。
勝手に出て来たため息をこぼし、私は未だに眠る子の顔を一度だけチラリと見てから灯されている蝋燭の光を静かに吹き消した。


* * *


遠くで鳥が鳴いている声を鼓膜が拾い、淵に沈んでいた筈の意識をふわふわと綿毛の様に浮上させた。襖の隙間から僅かに差し込んだ光が鼻先にふれ、一カ所だけ暖かいと変な感覚が私を更に眠りから醒ませたのだろう。
重い瞼をあけ、瞳へと差し込んだのは襖へと注ぐ外の光。
朝?
と、上手く働かない頭だが襖の中に佇む人影に私はすぐさま起きあがった。

「ぇ!……ぁ……」

昨日の狐の面の子ではない。
少し長い髪を後ろで束ねる姿は、どうやら相方も起き出したばかりらしい。しかし、自身はこの子を知らない。では、此処はどこ?面の子はどこに行ったの?
ぐるぐると頭の中で繰り返される質問に答えてくれる存在はどこにも居ない。分からない事がどっと頭の中へと流れ込んできてはぐるぐるする。こんな感覚は初めてで私は布団を頭から被っては後ろへと下がった。

目の前にいる子はじっと私を見つめるだけで、動こうとはしない。
私が怖いのだろう。ならば、これ以上この子の近くに居てはいけない。私は直ぐに出て行くから!と頭に布団を乗せたまま立ち上がった。

しかし……

「…………」

「ふぇ!?」


* * *

目が醒めたその子はびくとも起き上がれば、同時に酷い寝癖の髪の毛がゆらゆらと揺らめいた。
その靡く具合がまるで狼の様なしっとりとした艶を持っている。頭の隅っこではそんな彼を一度で良いから撫でてみたいなと思うが、相手を怖がらせてしまうと言う気持ちにより伸びかけた手はそのまま髪を結う紐を結ぶ。

そんな俺の行動を察したのだろうか?
その子はいきなり頭へと布団を被っては後ろへと後退。寒いのかカタカタとどこか小さく震える姿に、何故だろうと疑問を抱くも私はとりあえず朝の挨拶をした。
「おはよう」と。だが、俺の声はあまりにも小さくてちゃんと聞き取る事なんて出来はしない。自身の両親でさえもう一度やはっきりと!と言う始末なのだ。きっと、この子も聞き取れなかったに違いない。
胸のどこかで落ち込んで行く瞬間だった…。
布団を被るその子はおずおずと俺へと視線を合わせては、籠もるかのように「おはよう」と返してくれた。勿論、俺はそれに驚いた。結い途中であった手が無意識に止まる。相手も俺がいきなりピタリと止まったものだから同様にびくりと驚きダラダラと額に汗を掻いている。
偶然か?そんな事を思い俺は再び同じ音声で「聞こえるのか?」と問えば、その子は何度も何度も首を縦に振った。そこでようやく、俺は狐の面の子が言っていた言葉を思い出す。

「(言葉を拾う……か)」

今まで俺へと話しかけ来た子みんなは、同じ親同様に声が小さいと言い気味が悪いと遠ざかって行った。これで、少しは落ち着いて本を読めると同時に何かが胸を締め付ける。それは日に日に増していき、いつか俺は絞め殺されてしまうのでは無いかと思った。

だけど……

すると、その子は布団を少しだけずらしながら俺へと近づき、「私が恐くないないのか?」と何故か四つん這いになっては聞いてきた。
俺はこの子を知っている。手裏剣の的を大破させてしまった子である。勿論俺はその場面をも目撃している。だが、俺は純粋にその力をこの子の才能だと思い憧れを抱いた。凄いと。
周りがこの子に何を言ったかなんて興味も無いし、一緒になってこの子を軽蔑しようとも思わなかった。ただ、どんな子なんだろう。と言う小さな興味が沸く位。

俺は恐くない。
と答えれば、一度きょとんとするが再び本当に本当に?と更に質問。同様に本当の本当。と言った頃には、その子はいつの間にか布団から出ては俺の直ぐ膝元まで来ていた。

俺を見上げる瞳は凄く不安げで、どこか怯えている色がチラホラと見え隠れする。

周りにどんな風に言われてきたのか知らない。俺だって、周りになんて言われているか知らない。
だけど、その子は瞳に映る俺を真っ直ぐ見ていて、そっか。と安心した様子で口元を綻ばせた。
俺は机の上に置いていた
もう一本の紐を取ってはその子の前へと出す。
その仕草に、何?と再び不安そうな顔つきと成るも、髪、結んであげる。
と言ってやる。
だが、そのは目を丸く見開いては驚く様な表情をしたと思えば、突如としてわんわん泣き初めてしまった。

それに驚く俺は、どうしようかと慌てふためいたが、嗚咽混じりにありがとう!泣くその子へとどう致しまして。と返して上げた。














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