百合籠 | ナノ


此処は俺の部屋だ。
いや、俺だけじゃない。
此処には保健委員長を勤める友人、南部との同室。
そしてアイツのお友達であり、心の理解者で居られる人体標骨模型のコーちゃんが座って居た。しかも、何故か忍者装束を身に纏いまるで生きている人間の様に南部の机にうなだれているのだから、初めてみる者には絶叫ものに違いない。

そんなうなだるコーちゃんをバックに背負った俺の目の前に、頭を下げて未だに顔を上げない一年坊主がちょこんと座っていた。(うん、可愛い。と、思った俺だがそれをおいそれと表情に晒す程、俺の顔の筋肉の守りは緩くは無い。故に今の俺はキリとしたかっこいい表情をした最上級生と見えているに違いない)

名前は食満留三郎。一年は組の生徒だ。

は組と言えばどの学年でも有名な『阿呆のは組』と呼ばれる事が多い。知識も能力もその学年では一番下だと馬鹿にされやすい。
そんなは組だが、は組ならではの雰囲気と言う物がある。その特徴としては緩い雰囲気やどこか長閑な空気。
優秀ない組の様な肩に力の入るキチキチとして居らず、自身より能力値が下の存在を見下す事はしない。
同様にろ組の様な個性溢れる性格で周囲との協力性を持たず、我が道を行く!なんて事もしない。

は組は基本仲良しで、協調性も有りながら周辺の存在に酷く敏感。
忍としての素質は有るものの、それに身体や頭が着いて来れないと言う。それがどの学年にも当てはまるは組クオリティ。

なのだが………。



「……………」

「……………」


留三郎からはこのは組クオリティが一切感じられなかった。
は組と言うよりも、気質そのものが他人を寄せ付けないい組に酷く似ている。
自身以外の他人を嫌い、寄ってきた所で相手とする事はしない。馬鹿にするかからかうか、そのどちらを行っても可笑しくない雰囲気。
しかしやはりは組。
それらは相手にしなければ良い。と見えない優しさでカバーされて居る。しかもそれが無意識と来たもんだ。本来ならば目を細め優しい奴なんだな。と言ってしまいそうだが、今の留三郎には無意味だろう。

俺は自身が入れたお茶を手に取り、暖められた湯のみにゆっくりと口を付けた。
ズッと音を鳴らした俺は留三郎を盗み見る。

姿勢は最上級生の俺が居るからか、律儀に正座なんてして居る。
行儀や作法と言った授業をまだ受けていないだろう一年生には、長時間の正座はキツいだろうに………。

「(別に気にしないんだがな)」

足を崩した程度で叱る奴なんて、い組の担当の教師位。優秀ない組がはしたない!とか言いそうだ。おっと違う違う。本題は其処じゃない。



「唇痛むだろ」

「!」


その様はまるで野良猫の様だった。
動作一つで此方を伺い、言葉一つ零すだけでびくりと肩を揺らす。同時に警戒を含む眼差しがチラッと向けられて居る。
だが、同時に不安な色も滲ませる。
一年生らしい色だった。


硬直する小さな体。俺も昔はこんなに幼い頃が有ったんだよな?なんて思いにふけながら、自身の近くに置いていた小さな木箱を手元へと寄せる。
使い古された木箱には様々な傷が刻まれ、一つ一つが思い出残る跡であるのは確かだった。

蓋を開けたと同時に鼻孔を刺すのは薬草の香り。よく俺が使用する薬草が綺麗に列を描き、分かりやすい様に並べられている。

確か、これだったよな?
似たような物も他にいくつかある為、間違えが無い様一つ一つ手に取り確かめて行く。
その中から一つ、偶に使う塗り薬が顔を覗かせ、ああ、此方の方か効果あるな。と持っていた品物全てを戻した。

そして、目の前の小さな存在へと顔を上げれば、またもや先ほどと同様の表情と動作。
畜生、いちいち反応する所が可愛いんだが、警戒されて居ると明らかだと知ると何だか虚しい。
そしてその気持ちを紛らわす為に、ちょいちょいと手招きする。

「……………」

やっぱり来ないよね。
そりゃ猫みたいに人差し指差し出したら、本能的に嗅ぎよってくる訳じゃない。仕方ない。
こうなったら、勝手にやらせて貰うぞ?

「動くなよ?」

ニカリと笑って見せた俺は、留三郎が座って居た座布団を強制的に自身へと引き寄せた。
一年生からしてみればあっと言う間だろう。瞬きした次の瞬間には体がぐらつき、そしていつの間にか自身の目の前には最上級生が座って居るのだから驚くなと言う方が無理だろう。

「っ?!」


目を丸くし今起きた事が言葉にならないのか、口をパクパクさせる様はまるで魚だ。
うん、これ位のリアクションをして一年生は丁度可愛いんだよ。

俺は、未だに開いたり閉じたりする留三郎の唇を、親指と人差し指でむんずと摘む。摘まれた唇は一年生独特に柔らかくそして小さく、今の俺の面を同室の南部に見られたら明日の日の出は拝めないに違いない。

留三郎は留三郎で体が固まり、まるで自身は石像だと言わんばかりの硬直っぷり。
これはこれで俺は傷つくんだが……。

まぁ、良いさ。

摘んだ唇から指を離せば、閉じられた唇が姿を表す。俺は直ぐに塗り薬の蓋を取り、一年生に合わせた適量を小指に掬い取り噛み切れた傷口へと塗り付けた。

ピリリとした痛みが小さな体を襲ったらしく、ビク!と体が震え、同時につり上がる瞳が徐々に潤んで行く様を眺める。
一年生にこの塗り薬はキツかったか?嫌、これから更に酷い痛みと怪我を負って行くのだ。これ位我慢して貰わないといけない。

染み込ませる様にじっくりと塗り終えた俺は、痛みで震える体から離れる。
何か言い足そうな眼差しで俺を見上げて来るが、俺は気にせずまた笑う。


「しゃべりたく無いんだろ」

「?!」


誰とも。ならば。
薬を理由に言葉を紡ぐな。だが、同時にゆっくりと考えろ。


「聞きたい事があるのならば、いつでもおいで」




目まぐるしく動き流れる周辺に、思考と心が焦り追いつかなくなりぐるぐると回る。
回って回って出口が見つからず、混乱して、自我を失い、消えそうな自身を失わない為に体の一部を傷付ける。
言葉に出すのは、纏めた疑問を出す時だけで良い。
分からなくなったらいつでも、お前が思った時においで。



委員会の後輩を撫でる時の様に、何時も通りに俺は留三郎の頭を撫でてやった。
撫でられた留三郎はじっと俺の顔を睨み付け居たが、意図が通じたのか小さく頭を下げてはパタパタと慌ただしく部屋を出て行って。













誰も居なくなった室内で、残された俺と小さく木箱。
様々な思い出が刻まれる木箱を撫でた俺は小さく零す。


「懐かしいと思ってしまう俺は、駄目な先輩でしょうか?」


今はもう会えない先輩宛に、俺は届かない問いを投げるしかなかった。























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