百合籠 | ナノ


ダン!

と、派手な音を鳴らしたそれは儂の真後ろからで、其れまでは気配と言える存在を全く感じられなかった儂の心臓は正直はちきれそうな位の悲鳴を上げる。
廊下を叩きつける様なその振動は足の裏を伝い、その物音の凄まじさを物語っている。その証拠に、足の裏は電気が走った様な痺れた感覚が股へと伝って来ていた。

しかし、それよりも体に染み付いた習慣により、儂は袖下に隠していたクナイを構えながら、すぐさま自身の背後へと振り返った。
脳内では敵襲だなんだと警報が鳴り響く中、瞬時に移り変わった視界が捉えたのは何もない普通の廊下。

あれ?何だ?と首を傾げた瞬間に、真っ直ぐ伸びていた何もない廊下そんな自身の視界下から姿を表した存在に儂は驚いた。
それは年齢に反しては少しばかり長い髪を高く結い、結いきれなかったその先端がひらひらと揺れる。

背丈が小さく、この年齢の子供が着るで有ろう制服の色が瞳へと写り込んだ。
それが自身が目を掛けている一年坊主だと理解した途端に、どこの組の一年坊主だ?と疑問が沸く。

鮮やかに舞ったの遊女の様な煌びやかな着物。
それを腰に巻く一年なんて野沢しか居ない。何だ。野沢か………。なんて悠長に考えていた自身だが、それよりもこの坊主に付いていた泥と土の色そして僅かに鼻孔を差した嗅ぎ成れた異臭に無意識に俺の手は伸びた。

小さな一年坊主よりも此方の方が忍者歴は長い。その為、野沢を逃がす事なく捉えるのは簡単の範囲にすら入らない。

初め指先に触れた制服からすぐさまその骨ばった幼い肩を捕まえた。
揺らいだ長い髪の毛と共にやはり流れた異臭は、未だに鼻を付き眉を寄せる。
なんでこんな臭いを……そう呟こうとした言葉は紡ぐ事なく散った。


「?!!」


自身の視界を瞬く間に埋めたのは鈍い白銀。
同時に高く登った日差しを浴びキラリと嫌なタイミングで輝いた光は、俺の目を眩ませた。

零れ落ちた言葉を拾い上げる隙なく、次なる一手を打ち出す音を拾った耳は神経を伝い瞬時に脳裏へと事を伝える。

退け。と……。


命令された体は後ろへと2歩下がり、自身に当たるであろう斬撃を華麗に回避する。しかし、見事に避けたと思える早さなのにも関わらず、伸びた髪の毛がパラパラと散ったのが見えた。

切られたのか!?

避けきれた筈の回避は野沢に取っては惜しいものでしか無く、不味いと警報がまた鳴る。
ハッと息を呑んだ。

"追撃"が来る!

ヒュン!と空気が裂かれて行く音が耳へと流れ込む。
迫る刃は真っ直ぐと儂と言う対象物へ、軌道を逸らさずに伸びてきた。
刹那だ。
牙を晒した刃が静に吠えた瞬間だ、刃を掴む小さな手が小さく揺らめく。それは儂へと伸びる斬撃であり、同時に野沢が腕を動かしている事でもあった。
一刻一刻、ゆっくりと時を刻むかの様なその不思議な世界の中、やっと見えた新しい視野にわしは目を見開く。
伸びる小さく腕と一年生の制服の間。チラリと顔を覗かせたのは何かを叫んでいた小さな円。
赤く柔らかさを兼ね備える円から覗くは、可愛らしい犬牙を持つ小さな白。
無音だった世界。
雀の囀りしか聞こえなかった世界の中で、その赤と白が叫んでいたのが聞こえた。

顔の上半は見えない。
翳される刃の反射光と靡く制服で、小さな顔をすっぽりと覆い隠し見えはしない。

キーンと耳を鬱ぎたくなる耳なりが儂を襲う。一瞬にして平衡感覚が狂いだし、気持ち悪いと胃駅が逆流しかける。
しかし、その耳なりの中に紛れ込む様に、混じり合うはこの餓鬼の叫び声だった。

叫びの中に混じる小僧の思いに、儂は息を呑む。

このままではいけない。
遣ってはいけない。と、不思議な何かが神経を伝い"返り討ち"と言う指令を横から両断。

『"     "だ!』

なんて、まるでわしでは無い儂の声に支配され、体は絡繰り人形の様に動かされた。
そして、命令を受けた儂の体は掴んでいたクナイをあっさりと投げ捨て、迫り来る刃へと手が伸びる。刹那に振り落とされる刃はその煌めきを更に増し、瞳へとくっきり姿を映し出した。
どの刃よりも鋭く研かれた凶器は、儂の姿を映し出す純粋な鏡に成り変わっている。自身を傷付ける物質。それが目の前迄遣って来るが、儂は静かに目を閉じた。

暗闇と塗り変わった中でクナイを捨てた手を真っ直ぐと小僧へ伸ばし、腕らしきそれを掴む。
掴んだ腕は一年生らしく細くか弱く、力を込めてしまえば簡単に折れてしまう程。しかし儂は掴んだ腕を離さず、そのまま引き寄せる。
引き寄せたその反動を押さえきれず、野沢が儂の胸に飛び込み、ぶ!!と潰れた声がした。同時に顎の下でパラパラと床の上に散らばる何かが野沢の啜る鼻水と一緒に楽を奏でやがった。



「ほら、ちゃんとお前は見ただろ?
儂は目を瞑って居る」


ザクリと音を鳴らしたのは野沢が持っていた凶器。気配からして廊下にでも刺さったんだろう。
掴んで引き寄せていた腕には力は無く、だらりと垂れている。

ハァ、と溜め息を零す。相変わらず野沢は錆臭いが為、儂はさっさと風呂に入って来いと言いたい所。だが、今の野沢にはチト無理か…。なんて頭を掻く。



「儂も悪かった。いきなり掴んでは振り向かせようとしたのだ」




すまなかった、野沢。
だからそれ以上泣くな。面が全部壊れちまうぞ!


小さな背中をさすってやるも野沢は返事はせず、胸の中でずっと頷くまま。
その度にコロコロと転がるお面の破片は止む気配が無かった。
















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