百合籠 | ナノ


「そうか……。ご苦労だったな野沢」


私の目の前で行儀よく正座する小さな存在へと向けられた言葉は、2人しか居ない作法委員会室の中へ音を立てる事なく静かに沈んで行った。
しかし、小さな存在は首を横に振り『否、俺、役目、当然』と簡単に返されてしまう。
ああ、そう言えば彼もそう言う人だったな。と一瞬だけ重なった彼の影を打ち消す様に静かに笑って見せれば、小さな存在はぷいと違う方へとお面越しに視線を逸らしてしまう。

おやおや、照れてしまったか。とまた零れてしまいそうな笑みを胸の内にだけしまい込み、脇に置いていた菓子を手に取り小さな存在の目の前へと置いた。
甘い物が大好きであろう一年生辺りならば、私が差し出した菓子へと遠慮なく手を出すだろうが小さな存在は腕を伸ばす事はせず只ジッと私を見据えるだけ。

先に出した湯のみからもその熱が失い掛けているのか、見えていた筈の白い湯気が姿を薄らいでいくのがわかる。

本来、此処は作法委員会の委員以外は立ち入り禁止として居るが、作法委員長である私自身が小さな存在を招き入れた。
人目も無かった事も有るが、何より委員長である私自身に口答えする委員など居るはずがない。何せ、私自ら目に止まった優れた委員しか居ないのだから。


「六年生に手を出したそうじゃないか」


私がそう言うも小さな存在は微動だにせず、悠然とした態度で座っている。乱れた雰囲気も無ければ焦ったりと言う違和感も無い。感じるのは面越しからの真っ直ぐな視線。


「お前が理由も無く上級生に手を出さない事位分かって居る。
勿論、私の同室者も……」


誰か虐められて居たのか?


そう問えば、面により中で籠もる声で『肯定』と小さな返事が返ってきた。





『クラスメート、悪戯、後、被害』

「どんな風に?」

『制服、散り散り』

「?!!」

『制服、塵、ゴミ、使用、不可能。故、俺、憤怒』




なるほど。
未だに保健室で寝込んで居るであろう友人等の傷の原因はそう言う事なのだろう。
ある日、酷い傷を負って医務室に運び込まれた友人等に、相手は誰だ?誰に遣られた?といくら問いただしてみたものの、一向に口を割らず寧ろ籠もる様子にくのたまに手でも出したかと思ったが……。目の前の小さな存在に遣られた訳か。

確かに一年生にちょっかいを出して、その報復に同じ一年生にギタンギタンにされた訳か……。確かに、口には言えない理由だ。
最上級生としてのプライドも傷付けられ、且つ、一方間違えて居れば退学もの。

これで、六年生の件が片付いた。
どれだけ探ってもこの件に関しての情報一つ無かった。何せ相手は最上級生である六年生。そんな彼等が深手を負い医務室で寝込んで居るとなると、この学園を狙う曲者の犯行によると判断される。
私達六年生や五年生と言った上級生ならまだしも、下級生達は暗器を扱ったりする授業そして人の命を傷付け奪う経験をまだ体験して居ない。
そんな下級生達を護りながら曲者と対峙しろなど、無理な話しである。

この子には悪いが、この件の詳細は私から先生へと報告させて貰う。
何せ、未だにその件で学園が狙われている、学園先生を狙う曲者、或いは、学園内に間者が居るのでは?等と話しが出ている。これを落ち着かせるには話しかないのだ。


そして、その話を聴いてふと思い出したのは、当時私が一年生の頃に聞いた作法委員長の懐かしい思い出話。







「野沢、その虐められて居た一年生だが……」







紡いで居た言葉が途中で途切れた。

艶やかにつり上がり黒く輝く黒真珠の眼の先には誰も居らず、只静かに空いた空間が其処に広がる。
出された湯のみと菓子には手は付けられて居らず、まるで始めから其処には誰もいなかったかの様な雰囲気を醸し出す。

手入れの届いた綺麗な朱色が靡く。黒真珠の視野が狭まり、映し出されたのは2つの物質。そして、重みを含む溜め息が整ったその唇からこぼれ落ちた。























「甘い物、苦手では無いでしょうに……」

























100914
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