未だにあの時の恐怖が抜けないのだろう。俺が引いた手の先には嗚咽を上げる伊作が居た。
さっきまですごい泣いて居て、それを聞きつけた先生が駆け寄ってきたのだ。何が有った?!とずっと質問してきた先生だけど、俺は其処で何が起きたかなんて知らないしけど伊作はずっと泣いたままだったし…。
其処で結局先生に事情を説明する為に残されたのは狐のお面の一年生だけだった。
先生はとりあえず医務室に行け。と言われ、俺は医務室迄伊作と一緒に向かった。するといきなり部屋から現れた六年生が伊作を抱き上げ、何か俺様の伊作ぅぅぅ!と騒いでいたが俺は見ない振りした。
聞けばあの人保健委員長で生徒の治療に当たっていた為、部屋から出れなくてすごい心配してたらしい。だけど、あの一年生、伊作は野沢(って言っていた)が助けてくれたおかげで何事も無く済んだとか。
因みに、あの場面にやって来たもう1人の先輩はどこに行ったかは分からない。だけど、逃げていった2人の六年生が居なくなった方へ向かう背中を見た。
医務室に向かった俺達は保健委員長に部屋に戻って休んでな!と言う言葉を守り、今自身達の部屋へと向かっていた。
だけど、伊作はまた嗚咽をこぼしだし袖で目を何回も何回もこするのが見える度に、目が赤く腫れてしまうと心配してしまう。
あの場面で一体何が起きたのか?
勿論俺は知らない。
だけど、唯一分かるのは野沢が伊作を守って六年生2人をコテンパンにやっつけた事に変わりはないに違いない。
だって、伊作あの野沢って奴にしがみついて先生が来るまでずっと泣いて居たんだ。虐めてきた奴に普通そんな事しないだろ?
だから俺でも分かる。
すると、伊作の手を引いて居た筈の俺の手が引かれた。
ツンと引っ張られた感覚に足が止まって、俺は何だ?と振り返れば手を繋いだまま伊作がふさぎ込んで居た。
「………いけないのかな」
「………何が?」
「治療する事ばかり勉強しちゃ」
「………」
「初めね、委員長に保健委員会に誘われた時にね、私いっぱい医術を覚えようって決めたんだ。
勿論、ちゃんと忍者としての勉強も頑張ってるけどね、それよりも更にいっぱいいっぱい医術の本を読んでるの。
そしたら委員長と五年生の先輩はビックリするけど、よく知ってるな。よく覚えて来たな!って誉めてくれるんだよ。
それに、野沢君が怪我したら私が一番に治療してあげたら、野沢君喜んでくれるだろう。って………」
「………」
「そりゃ、たまに忍たまの友じゃなく、図書室から借りた薬草の事典開いていた時も有った。
でも、それがいけなかったのか?って……」
繋いだ掌に感じるのは小さな震え。
再び伊作を見ればまた伊作は小さく泣いていて、赤くなった目から涙をポロポロ零していた。
「初め…て、ちゃんと、わた…私に手を伸ばし、ひっぐ……助けてく…れた子を、今度、今度は……わたしが………助けてあげだくっで………
でもぉ…っ……また、野沢君に助けて、もらっだ、時、じぶんが……えっ…ぇ……じぶんがぁ凄く、すごぐ、ぐやじぐで……ぅえ……っ!」
我慢していた嗚咽が絶えきれなくなったのか、伊作はまたあの時みたいに泣き出した。
手は繋いだままだけど開いた片手でその両目から落ちる滴を拭うも、上手く拭いきれなくて床で弾ける小さな音が鼓膜を揺さぶる。伊作はは組の中ではよくドジとか、そんな感じで陰口を言われている。
だけど、伊作は伊作なりに頑張っているのを俺は知っているしそれを知っている上で失敗する伊作に、俺は何も言わないでただジッと見ていただけだった。
難しい漢字ばかりかかれた本を自室の机周りに積んでるのを知ってる。
鍛錬に出て行くクラスメートの中、1人で一生懸命古い本とにらめっこしていたのを知ってる。
何をしてるのか。
何でそこまでして勉強するのか。
委員会の為だと思っていた。
だけど、そうじゃないんだ。
1人の友達の為に、伊作は自分なりに一生懸命頑張っていた。
医術なんて一年生でましてや、先輩達でもそれほど深くまで勉強していないだろう。
だって此処は、忍者を育てる学園だ。
医者を育てる場所ではない。でも、それを両立させようと伊作で頑張っている。
「友達の為に」
野沢と伊作が深い友達関係かはわからない。
だけど、伊作はきっと未だに慣れないこの学園の中で手探りで、前へと進んで行っている。
ただ、眺めて立っているだけの俺とは違って。
「…………やるよ……」
「…っひぐ……」
「俺が………」
俺が…。
続きが出て来なかった。何でかは分からない。だけど、その続きを言おうとする瞬間に胸辺りがモヤモヤしていて、凄く気分が悪くなる。
吹いた風に混じり遠くで声がした。
それは凄く懐かしく、でも凄く大っっっ嫌いの奴の声。
俺は、聞こえそうになったその声をかき消す様に、伊作の手を再び引いて部屋へと戻った。
了
100911