委員長に言われた通りトイレットペーパーの補充を無事終える事が出来た私は、以前、クラスの子が言っていた近道とやらを使った。
その近道はわざわざ遠回りをして医務室に行かなくちゃいけない道を、半分の時間で済むらしい。
話を聞き耳立ててしか聞いた事がない為、特徴と言えるものしか私には分からなかった。
だけど、その一つ一つを忘れない様に頭の中に叩き込んで、いざ着てみれば意外と茂みの高いに驚いた。
人が滅多に通らない事から草は伸び放題。
まだ三年生や上級生の先輩方ならば簡単に超えられるだろう高さだけど、私はまだ一年生で木に登る授業すら受けて居ない。
そんな一年生が茂みの中をスイスイと抜ける訳なく、私は所々で躓いてしまう。
飛び出る枝の先がアチコチ切って、制服の居たる所に葉っぱが付く。
だけど、此処を抜ければ保健委員長が居る医務室は直ぐ目の前で、トイレットペーパーをちゃんと補充出来た事を報告すればいっぱい誉めてくれる。
そして、もう一人の五年生の先輩が呆れながらお菓子を用意すれば、委員長が美味しいお茶を直ぐに立ててくれる。
だから、急いで……。そうやって焦ったのがいけなかったんだろう。
足元に意識が向かず飛び出た木の根っ子に足が引っかかる。
ガツンと大きな衝撃が全身を襲い、低い視線が更に低くなった。そしてそれは直ぐに土色の色合いへと移り変わり、顔を思いっ切り地面にぶつけてしまった。
言葉に出来ない地味な痛みが顔全体に広がり、その中で集中力に鼻の先とおでこが痛くて痛くて仕方なかった。
こみ上げてきた涙に嗚咽まで沸き出しそうになる。だけど、此処で泣いちゃったら医務室に居る二人の先輩に迷惑をかけてしまう。
笑顔が一番似合う委員長と五年生の先輩に困った様なそんな顔をして欲しくない私は、唇を噛み締めて目をギュッとする。
そして両手を使いながら立ち上がり、制服に付いた土を払う。
土煙が舞ってそれに蒸せてしまうが、大丈夫。これ位なら問題ない。
私は足を進めた。
時だった。
頭上からケラケラと軽い笑い声が降り注ぎ、驚いた私はびくりと肩を震わせて上を見上げた。
其処には木に登っていた六年生の先輩2人が居て、面白そうに此方を見下ろして居る。
同時に湧き上がるのはイヤな何かで、それが頭の中でカチカチと警報が鳴り響いた。
何だかよく分からなかったけど、どこか遠くで逃げろ逃げろと声がする。だけど、それに従う前に先輩方は私の目の前へと降りてきては、ジロジロと私を眺めていた。
「お前があの不運委員会に入った物好きな一年生か……」
一人の先輩がそう言い、もう一人の先輩がしゃがみ込んでは私の顔をのぞき込んでくる。
私は僅かに後ろへと下がれば先輩は、私の肩を掴んではにっこりと笑った。
「そんな怖がらないでよ一年生。別に先輩は君を虐めようとか、そんな酷い事しようとは思っては居ないんだ」
相変わらず先輩はニコニコと笑って居るだけで、肩から手を離してはくれない。むしろ、その手には徐々に力が込められていてジワジワと痛みが増して行く。
「うん、まぁ顔は合格だな。女の子みたいで可愛いし」
「一年生だからまだ知識は無いよな」
頭上で分からない会話が交わされる。
中身が全然理解出来ない内容だけど、先輩方が発する言葉一つ一つがドロリとしていてそれが私自身の足に絡み付く様な粘り気を感じる。
「実はな保健委員一年生、俺達最近凄く困っていてな…それを保健委員長のあいつに相談したんだよ」
委員長に相談?
「だけど、保健委員長はそれは自身で処理しろ。てめぇらの処理に俺様が手を貸すと思ってんのかよ?と一刀両断されちまってな」
「だから、委員長じゃなくて保健委員であるお前にお願いしたいんだ」
良いだろ?
保健委員長の友達が困って居るんだ。
勿論、手伝ってくれるだろ?
次々と飛び出る言葉は早口で耳が追い付かない。
委員長の友達。なら、私がお手伝いすれば委員長は誉めてくれるかな?と本来ならば思うであろう思考を、赤い警報が塗り潰してぐしゃぐしゃにする。
ダメだよ。
走って。
逃げて。
困惑し体が思いに追い付かない。
すると、肩を掴んでいた先輩とふと目があった。瞬間、瞳の奥で何かがギラギラしていてそれが野生に居る狼に見えた瞬間、私は先輩の手を掴んだ。
「や!!」
先輩が触れている箇所が一気にゾワゾワしてきて、まるで虫が這っている感覚がする。
渾身の力を振り絞ってでも触れている手を払う。だけど、やっぱり最上級生に一年生が勝てる訳なく先輩の手はびくともしなかった。
「おい、暴れてるぞ」
「感の鋭さは委員長直伝か?まぁ、良いさ。
とっとと処理しちまおうぜ」
肩を掴んで居た先輩の開いた手が私の忍装束へと伸びた。見えない恐怖に体が硬直して目の前がグラグラする。
我慢してしまった筈の涙がこみ上げて、視界を水の世界で埋め尽くす。
怖くて怖くて仕方なくて。
声が出なかった。
だけど、その瞬間空がいきなり真っ暗になる。
しかし、それは一瞬でしかなくて、気付いた時には空はいつも通りに明るくなり逆に目の前が真っ暗になった。
何が起きたのか全然分からなかった私だけど、そこに居た筈の六年生は居なく逆に私と同じ一年生の制服が世界を埋め尽くす。
生えた天色の忍装束に巻きつくのは、遊女を連想させる煌びやかな着物だった。
了
100907