少しだけ、大きかった。
出る筈の手が袖の中に隠れていて、ガボガボだった袴は上を何回か巻き上げ取り戻す落ち着く。
その日は野沢から借りた制服で1日過ごしたが、やはり先生にはバレたみたいで予備の制服を2着も貰った。
だから、借りていた制服を本人へと返そう。そう決めた私はちゃんと綺麗に洗った後に、野沢の部屋へと向かった。
廊下ですれ違う度に同じい組のクラスメートと合う。まだ、ちゃんと名前を知らない相手2人は私の脇を通り様に、女顔のアイツだ。と聞こえてしまった。
野沢と出会って以来、上級生達からの虐めがぱったりと無くなった中今度は、同級生達からの白い視線が私へと襲う様になった。
同室者である潮江文次朗は、全くそう言った素振りをしない為気にもならないものの、やはり周囲の奴ら皆がそうはならなかった。
ペア2人一組になろうと隣の人物へと声をかけてもイヤそうな顔をし、3人一組で文次朗と他の子にどうかな?と誘った所で同じ反応。
その時は野沢が直ぐに駆け寄って来ては『我、組!』と身を乗り出してきた事があった。
文次朗は気にするな!と言うが、無理なものには無理がある。
稀に食堂でくのいち達から「サラサラな髪の毛だね?」「シャンプーとリンスどこの使って居るの?」と話しかけられた時に、その様子を遠目で見てクスクス笑っていたクラスメートを私は知っている。
何が行けないのだろう?
私の女顔か?女みたいにサラサラした髪の毛だろうか?
野沢の部屋に向かっていた筈の足が、自然と止まった。
何かいけないのか?そんな考えが一度思い浮かんでしまえば、沈む事なくぐるぐると回り続ける。
今の私は自身でも分かる位に幼い。だけど、そのせいで女みたい。だとはっきりとは言い難い筈だ。文次朗を見る限り、はっきりと男だと分かるのに対して、何故私だけ?
と深い底に思考が沈んで行きそうになる。
夜遅くまで忍術の勉強にそして鍛錬に、それこそ文次朗に負けない位に励んだ。クラスではテスト成績、忍術成績共に一位を取った所で回りの視線は変わらなかった。
どこか舐めきった様子。
それが当てはまる。
いまだに小さいままの体はいつか大きくなるかも知れない。だけど、大きかったからと言って今の私が私のままだったら?
それこそ、周りの視線が変わる事なく、見下されたままだったら?
一度考えてしまった考えは、悪い方にしか転ばない。止まろうとしないそれはまるで坂道だ。
あれ?以前もこれに近いことを考えていた様な気がする。
私の悪い癖だ。
止まらない悪い方角へ向かう思考。自分では上手く止められず、誰かが止めてくれるまでずっとずっと沈み続ければ。
こうなったどうすればいい?
自分で止める?
どうやって?どうやって?分からないまま。分からないまま。
誰かに止めて貰う?
誰に?誰に?
「野沢っ!」
思い浮かんだのは、私に制服を貸してくれた狐のお面の子。
助けてくれるかな?あいつなら。
助けて。そう言えば、あいつは頷いてくれるだろうか?
でも、同時にもし、助けてくれなかった?
あの時制服を貸してくれたのは気紛れで、本当は女顔の私をおちょくって居るのかも。
どうしよう。もし、そうだったら……
『立花?』
「ひっ!」
びっくりした私は後ろへと振り返った。だけど其処には誰も居なく、私の気のせいかと思った。が、頭上、頭上。と、やっぱり聞いた事のある声に釣られ天井を見上げれば、何故か天井にぶら下がっていた野沢がいた。
「野沢!な…何で天井に!」
『俺、事情、色々』
それだけを言った野沢は軽々と天井から降り立った。
足音を立てずに降りたその仕草は、本物の忍者みたいでどうしたら野沢みたいにそうなれるのだろうと、また思考が沈みかける。
すると、野沢が顔に付けていたお面がぐっと私へと近付いて来た。びっくりした私は後ろへて下がるも、それよりも早く野沢が私の腕を掴んだ。
何か痛い事されるのかな。
湧いた恐怖はやっぱり止まらなく、未だにフツフツと湧き上がるまま。
だけど、瞬き一回したままずっと目を閉じていると、目尻に何かが触れた。
ぐいぐいと擦られたそれは痛いけどもう片方の目を僅かに開ければ、着ている制服の袖で拭う野沢の姿。
『立花、再度、暴力?』
いつの間にか溜まっていたのだろう目尻の涙を、野沢が拭い終え小さく首を傾げた。
そして、傷、炎症、痛み?医務室、行動?と変わらず訳が分からない言葉を繋げる野沢に、私の中でまた何かが途切れた。
「…っふぇ!ぇ!」
『立花?!痛み?古傷?!』
いきなり泣き出した私に驚いた野沢は、慌てふためいたがそんなのお構いなしと私の涙は流れ続ける。
そして、混乱仕切った私は、そのまま野沢の胸へと飛び込んだ。
「…えっぐ!っえ!野沢!野沢!」
ただ、泣きじゃくるしかない私の背中を、野沢が静かに撫でてくれたのが分かった。
持っていた制服がクシャリと鳴る。
だけど、
今の私には関係無かった。
了
100811