落とされた先にあるのは一つの存在。
それは何もない室内の中で大の字に広がり、ゼイゼイと肩を鳴らしお面越しに息づかいが聞こえる。
コイツに様があった俺。委員会の件でコイツに伝えるようにと言われていた俺は、手始めに本人が使用している部屋へと向かった。
しかし、始め部屋には誰もいなく、教室、廊下とコイツが行きそうな所を探すがどこにも見当たらなかった。
諦めて他の奴らに聞こうと戻った時だ。閉めた筈のコイツの襖が開かれている。勿論、人間ってのは無意識な好奇心に弱い。部屋を通り過ぎ様とした俺の瞳に映ったのは、床の上に転がってゼイゼイと息をする野沢の姿だった。
お前、今までどこに行っていたんだ?!
こっちはお前を探して……と、出掛けた言葉が喉に詰まった。
着ている筈の一年生の制服。しかしソイツは何故か着ていない。あの目に悪い鮮やかな着物。袖を通しブカブカながらもその小さな手が、着物の袖口から僅かに覗く。
足は投げ出され、まるで生まれたての稚児のようにも見えてしまう。
すると、ソイツは俺に気がついたみたいで、天井を見上げていた狐のお面が此方へと向けられる。少しびっくりしたけど、忍者の卵たるもの表情を悟られてしまってはいけないと俺はバレない様に咳払いをする。
大の字なっていた野沢は徐に起き上がり、此方へと首を傾げ『用事、疑問』と相変わらずの途切れた言葉をつぶやいた。
俺はああ。と小さく返し部屋の中へと勝手に上がる。
野沢の室内。そこはがらんとしており酷く物寂しさを醸し出す。唯一衝立に狸のお面が駆けられて居た。
机の上には筆と墨のはいる器だけ。ちゃんと蓋を閉めていない所をみると、あれはいつか固くなり使えなくなるに違いないと思った。
野沢の前に腰掛ければ、ちょこんと正坐する姿が瞳に映り込む。
「野沢、先生から委員会の話は聞いただろ?」
その言葉に、何故かソイツは再び首を傾げる。
『みぃんはい?』
コイツ、今なんて言った?
「委員会」
『二人前?』
「委員会!」
『いひんかひ!』
「い・い・ん・か・い!だ!」
お前、ふざけてないか?!そう言おうと立ち上がれば、野沢は『諾!ミーハー会!』と手をポンと叩いたのだから一気に肩の力が抜けた。
駄目だ。言葉が通じない!なんて説明すれば、こいつに通じるのか?
頭に手を当てうんうんと悩めば、野沢がお面越しに俺をみているのが分かる。そして、『眉間、皺。君、老人顔。接近中』と言う台詞にキレた俺は、野沢!!!と叫んだ。
「貴様!それはワザとか!?」
『わざ?技術??』
「違うだから!ワザとか!?ワザと?!」
『潮江文次郎、眉間、皺……』
「貴様ぁぁぁ!だから俺の話をぉぉぉ」
すると、遠くの廊下からバタバタとやってくる何か。
酷く騒がしく廊下の振動が室内へと届く位にそれは騒がしかった。
そして野沢の部屋の前にやってきたそいつは、ブレーキ音を鳴らしては突如として部屋に上がり込んでくる。束の間、俺の頭になにか固い物をべしゃりと叩きつけた。
「いっっでぇ?!何しやがるてめぇ!」
「てめぇが野沢に何してやがる!」
見ろ!野沢がびっくりしてるだろうが?!とつかみかかってきた知らないソイツに、俺も負けじと掴み返した。
い組では見ないソイツは、きっとろ組かは組のやつに違いない。
だけど、野沢と大切な話をしている最中に入り込んできたソイツが気に食わなく、俺はたたかれた右ほっぺのお返しと左ほっぺを叩いてやる。
そんな俺達の様子を襖近くで立っていた野沢が、ジッと見ているだけだった。すると、襖の向こう側からもう一人見慣れない奴がゆっくりと顔を覗かせる様子を、こいつの飛んでくるパンチと共に目に映し出した。
「け…けまっ君!」
色の薄いその髪を揺らし、今にも泣き出しそうな顔は頼りない。だけど、すぐ近くに野沢がいる事に気がつくや否や、こいつの事を忘れて満面を浮かべてはいきなり飛び付いた。
「野沢君!野沢君!」
飛び付いたソイツに野沢が向き直れば、なにやら会話を交わす。
その様子は本当に楽しそうで、喧嘩をする俺達が馬鹿みたいだ。
それでもやまないこいつのパンチに、負けじと俺も返す。
それは先生が止めに来るまでずっと続いていた。
了
100802