寒い。
普通ならば一年生の装束を着ている筈だけど、今の私は褌すら付けていない状態だった。
場所は火薬小屋の裏庭。人気のない其処をたまたま通りかかった私は、体格の大きな先輩に裏手の奥へと引きずり込まれ、抵抗する間もなく装束を剥がされてしまった。
私は嫌だ止めろと抵抗するしかない。
だけど、一年生と上級生の先輩とは体格差がものを語り、結果は目に見えていた。
嗚咽を零す私へと楽しそうに笑う先輩の声が耳に痛く突き刺さった。
ほら見ろ!やっぱり男だ。
女みたいな顔をしてやがるな。
何だ。つまらないな。
グスグスと鼻を啜る私の目の前で、先輩はお前は女に勘違いされやすいからな。
その体で他の先輩達やお友達に男だと証明してやりな!
と、目の前で装束を破り捨てた時に、私は全てが終わった様な感覚に襲われた。
ゲラゲラと下品な笑みをこぼしながら去っていく先輩の背中を睨みつけるしかできなかった私は、動くことができなかった。
こんな恥ずかしい格好で人前に出れる筈が無い。これでは、ただのお笑い者。
父上の様に颯爽とする格好いい忍者に成りたくて、この学園へと入ったのにこれでは意味が無くなってしまう。美しい母上似だと周りは言うけど、男が女顔なんてイヤだった。女顔が何に使える?格好いい忍者にはそんな物はいらない!
そう意気込んで、格好いい忍者を目指した先がこれ。
女顔、女顔と。周りから言われるのがイヤなのに。誰も私の言葉を聞いてはくれない。
これが忍者の卵の苦労?そんなの可笑しい。
私は吹き出した少し冷たい風に体を震わせては、ビリビリに破けた装束を掴んでは泣いた。
どうせ、此処には人は来ない。泣いたって誰の迷惑にもならない。だったら……
こみ上げてくる涙一つ一つを手のひらで拭って拭っての繰り返し。
自分でも分からない位に止まらない涙に、いつ終わるのだろうとどこかで考えていた時だった。
ガサリと音が鳴ったと思えば、目の前にいきなり何かが降ってきた。
喉から変な悲鳴が出て、体がびくりと震えたのが分かる。
涙で目がいっぱいいっぱいになる。そこに映り込んだのは、狐のお面をしたあいつだった。
「っ…野沢っ……」
雅。
入学当初から変な格好していて、クラスの奴から変に注目されていた奴。話はしたことはなかった。いつも一人で窓際に居て偶には身を乗り出しては足をプラプラさせているだけ。
同じ部屋の文次郎は、変な奴だったと言っていたが私は未だに話はした事は無い。だって、話す機会が無いから。
気が付いたら教室から居なくなって居たと思えば、窓からぴょんと入ってきた事もある。
だけど、どうしてこいつが?
混乱する私は未だに何も着ていない冗談。
すると、野沢は私の目の前でしゃがみこんでは、小さく首を傾げては疑問。と単発の台詞を呟いた。
「立花、服、何処(いずこ)?」
野沢が使う言葉は時々難しいものが混じる。い組の奴らでも勿論分からない時があるし、文次郎でさえ眉を寄せる時がある。
野沢が言った何処。私が着ていた制服の事だろう。引き下がれた制服は今私の手の中にある。手に握っていた破片、でも、それを見せる事で野沢も私を笑うので無いかと思ってしまった。だから首を振って私には関わるなと表す。
だけど、野沢はうーんと腕を組んでは考え、理解!とパチンと手を有わせてはいきなり私の目の前で装束を脱ぎ始めた。あの女者の着物までもちゃんと取っている。
それに驚いた私はギョッとして目を見開いた。だけど、目の前では黙々と脱ぎ続けて行く。お面もつけたままであり、器用だと思った。
そして、裸になった野沢は私へと試着!と先ほどまで着ていた制服を渡してきた。
「え?!」
『君、明日風邪、予防、俺、制服試着!』
と、無理やり私へと制服渡してきては、さっきの地面に置いていた大きな着物を手に持つ。
そして、あの着物をバサリと肩から羽織るも、やっぱり大きいのかズルリと引きずって居る。
「…野沢」
野沢から受け取った私だが、それを着らずにそのままで居た。それに気が付いたのか、野沢は大きな着物を羽織りながら此方へと振り返った。
「俺、制服、予備所有。故、心配皆無」
笑った様な感じがした。狐のお面越しなのに、本当に笑ったのかすら分からない筈なのに。
そして野沢は俺、用事、浮上。
と、言い残しては私の目の前からしゅんと姿を消した。
その場には私一人だけ残される。
無理やり渡された野沢が着ていた制服、先ほどまで着ていた事もあってか制服は温かみを含んで居た。
「……っひぐ…っ……」
その温かさが野沢の様で居て、胸の奥がギュッと締め付けられる。同時にポカポカした何かが湧き上がってきた時には、いつの間にか止んでいた筈の涙がまたこぼれ始めた。
了
100612